竹原市総合スレ [転載禁止]©2ch.net

1名無しさん2015/11/02(月) 18:09:38.95ID:AoVwfPn+
よくわかりませんが落ちていたのでたててみました。

253名無しさん2018/05/30(水) 20:05:14.08ID:qu+FTCek
去年の夏にいたころ、少子高齢化による状態を見つめ、
国家予算的なものの考え方で合理的に考えていた
「焦っていたんだな」と兄のような大人の私の姿で眠って疲れを癒していた

去年の12月
このころに参議院議長公邸周辺を歩くとき、その私に戻っていた

それまでに夏からたった2週間あの部屋にいるだけでも、
元の私ではなかった

子供っぽくなっていた

4月から数日以内は元の私であり、それからしばらくすると、
深夜にはその元の私の感覚として日中の私にイライラしている
あの子供っぽい姿の私にいらついている
勉強や仕事のスピードが遅いからだ
その当時において、黒いものが私を否定するように見えた

おそらくやはりあの部屋にいてから、異なる波長の側に干渉されてから、
私は自分の立場に立つ経済的合理的な感覚からの逆算された、
大人としての元からの私を喪失していた

感覚としては5月3日頃、戻ってはいたが、それ以降も失っていたことになる
合理的に考えても5月5日以降、5月20日までは見失っていたにせよ、
それ以降、4日以降以内で回復されていなければならない

また、本来は人間関係の話ではない
去年の夏には友達と話していたこともあり、合理的な経済人としての自分の、
時間の感覚も戻っていたのだから
「今までは焦っていたのか…」と眠っているときにお兄さんの姿だが、
これはあの部屋のある地域の、そこから離れた、
より近代的なビルのあるホテルの室内では、特に天蓋をかけて眠るとき、
その私だった

ということは、やはり、人間関係の間にあるペルソナや言葉のずれなど、
元来は関係ないはずのものを介さない、考えない時の私のほうを、
大事にしろということを去年12月以降のこの5月まで、半年も一方で無視したことになる
共通点は、その部屋のある地域にいたとき、また、そういったらしくあれない関係があったとき

254名無しさん2018/05/30(水) 22:24:17.64ID:XJHVejgr
2014年のほうが大事にされていたとも思う
裁判官になってもいいと言われたから

私は自分の人生を本当に自分が嫌いなほうへと我慢して生きてきた
どうせ自分の不幸を望む人が途中からたまたま増えただけなんだ
周りの妬みがましい人間たち

昔の竹原はもっと違った

今からだって何になってもいい
ドラマを見たら自分が好きなことを思い出した
2012年から2014年まで抑圧された
2014年の間に抑圧感のないときは、最高裁判事になってもいいというとき
そういうことを言ってくれるおばさんがいた
おもんぱかってくれた人がいた
2015年5月までに決められなかった
2015年11月から、本来の人生をやり直せた

いつの間にか他人のために生きてきた
みんないつの間にか経済社会的格差を作る大人のいじめをするようになった

私は内閣総理大臣になりたい

255名無しさん2018/05/30(水) 22:26:43.79ID:XJHVejgr
2014年には働いていたところで「政治家になればいいじゃないか」と言ってくれるおじさんがいた
知らないおじさん
働いていたころは大手の社員から程好かれた

私は2015年11月以降たままた変な人たちといて、
ある大学のある教授として、いつも抑圧感を感じて生きてきた

ただでさえお金の少ない家で早く自立したいと思っていたのに
いつも意思決定の間にそういう過干渉がたまたまいただけで

私はもし誰からの評価も過干渉もなかったら、誤かいもないのなら、
今は内閣総理大臣になりたい!

256名無しさん2018/05/30(水) 22:29:00.57ID:XJHVejgr
2015年11月から2016年夏までは抑圧感はそれほどなかった
ネット上の変な人たちがいたくらい
その人たちが増えるだろうことも予測していた
2016年夏から、左京区のおかしな大家がいてその人にハラスメントやストーカーをされた
このことについてはすべて警察と左京区の人、不動産関係者に相談した
不審者だと言われた

その人はルサンチマンを抱いていて、いつも私に抑圧的な言葉をかけてきた
公安が嫌うような人が多い地区だった

本心では父親の預金を全部もらいうけて、その時から都内に自分の合う居場所を見つけて、
すぐに逃げたかった
そういう変な人といるうちにずっと抑圧されることが増えた
元からの自分らしくないことが増えた
ただでさえお金のない家の生まれでも、立身出世しようと思っていたのに

257名無しさん2018/05/30(水) 22:30:11.34ID:XJHVejgr
理不尽な嫉妬をぶつけてくる人間がいるのも知っていた
いつもそれは似たような人間ばかりだった
竹原でもそうだった

わかってくれるおばさんがいた
その人は、権力なんて欲しくないのか、裁判官なんかどうだと、
きちんと「心配」してくれた

258名無しさん2018/05/30(水) 22:31:06.44ID:XJHVejgr
なんで過渡期に、自分を大事にしてくれなかったんだろう

259名無しさん2018/05/30(水) 22:38:01.22ID:XJHVejgr
2014年のほうが父親は親切だった
検事になりたい裁判官になりたい国連で働きたいと言っても、
きちんと話は聞いてくれた
少なくとも、変な人のために抑圧をすることは、2016年夏から、
あの刑事が不審者扱いする大家の下にいてからの前まではなかった
あの頃からすぐに父親と話して、預金額をすべてもらい、
都内にいればよかった
もっと自分らしくあれるところに

それから都内でたまたま関わっていた人だって、昭和日本で抑圧的な人だった

他人の勘違いや評価がないのなら、私は内閣総理大臣になりたい
この国で天皇の近くに仕えたい 

260名無しさん2018/05/31(木) 06:49:42.59ID:BLVzV6W5
ああ、もう、無理だな
これ以上我慢するのは

私は2014年まではまだあくまでたまたまの不運を我慢していただけだった
2015年11月までいじめを我慢した
2015年11月から、私の運命は自分の力で切り開かれた、予測通りに

その後、私をいじめなかったのは、
現職議員
刑事
弁護士
大手企業の人
外資系企業の人

など

普通の人ばかりだった

それ以外に、私をいじめた、ガスライティングじみたことをしてきたのは、(刑事に常に相談)

自営業者
教師の一部
ブラック企業の人間
看護師
予備校の職員

など

そう言ったところは常に見抜いていた

私はどうして私の思春期や青年期や成長期を誰かのために犠牲にしなければならなかったのか?

わかっていたのは常にエリートの側は私をいじめないということだった

どうして私はあの父親からも嘘を言われないといけなかったのか

ガスライティングといっても、公安調査庁、警察庁に報告すべきものばかりではなく、
プロとは言えないアマチュアの、単なるいじめや嫌がらせ、
誤解による行為、偶然の一致等もあるのだろうが

私自身も今まで2015年11月から2018年5月の2〜3年もの間、
自分自身をいじめてきたのだと思う
2015年11月までにすでに知っていたことからの本筋を生きていないからだ
2015年11月までも、もちろん、私以外にもいじめの被害者はいたが、
そのうちにも外資系企業にきちんと逃げ出した人たちはいる

261名無しさん2018/05/31(木) 12:21:46.09ID:t1phnm6S
父親は嘘をついた
2016年7月から8月に200万円のお金を私にくれると言った
それで人生をやり直せと
それなのに、私が遠慮してそのお金を保管していたら、また手のひらを返したのか、
2016年2月にそのお金の通帳を持っていった

私がもらえる予定なら、2016年夏からすぐにあの変な刑事が不審人物とみなす、
大家のマンションを逃げたのに

私は午前中に眠っていてよくわかった
私には管理職の適性がある、だから、他人の感情を管理したほうがよい
高校時代の担任は2015年7月までにそういうことをわかってくれていた

官僚になりたいということを先に知っていてくれた
抑圧したのはいつも、あの2016年8月からの大家の下から

たまたま変な人に関わったからといってなぜ自分の人生をやり直す機会を、
こちら主導の人生をやり直す機会を、失わないといけないのか?

ストレスがたまっている

夢の中でこう言われた
その当時2012年までにいた大学の近くの京都御所の景色とともに、
「あの頃みたいに、君には一度子供に戻って、
親の前では子供、社会では大人、そういうバランスのよい甘え方をしなければならないんだ」と言われた

高校の校長は一度、私を抑圧しなかった、抑圧しかけたときもあった

機能不全家族、アダルトチルドレン、貧困の格差、キャリアのミスマッチ、いじめ、ハラスメント、ガスライティング、
悪い友達、
全部を2015年11月からやり直すことができたのに

あの時に神が私にカードを下さったと思った
「誰に対しても冷徹でありなさい」と言われた

262名無しさん2018/05/31(木) 12:25:48.50ID:t1phnm6S
2015年11月から2016年2月までは致し方なかったとも思う
自分の対策が遅れたのは、先が予測できなかったから

でも、2016年2月からは、本心ではすぐに都内の通学の予備校で、
嘘を言われない関係を作り、
自分の人生をこちら主導で取り戻したかった

広い世界に出ていきたい
綺麗な外国の景色もたくさん見たいし、アメリカ人みたいな大きな夢が2015年11月、
たまたま見えてよかったのに
それまでの経験の連鎖からそういう風な光景が見えた

2016年7月以降、8月からあの大家の下にいて、
自分を抑圧することが増えた
それからずっと、確かにアメリカの大学院を受ける財団の面接でも、
自分が小さく体内にちじんでいたのを夢見た

あんな大家のマンションにいなければよかった
あれから父親が、変な人と私が関わっていたからといってか、
からかいがちになった
それでもあの時から、父親に遠慮なく預金額を全部もらって逃げたらよかった

そのほうが今だってお金はかからなかった

263名無しさん2018/05/31(木) 15:45:06.62ID:taYB+4xL
父親から精神的虐待を受けた
父親がよく変なことや人と関わっているうちは、他人をバカにする癖があるのを知っていた
私が本当に12月から心霊現象で苦しんでいた時、
その実態は、私が本性の自分を取り戻そうという社会的なときに、
生霊を飛ばすかのように理不尽な嫉妬か何かをぶつけてくるかのような、
現象が起きていたというのが、2016年4月以降、あのマンションにいてからの真実であり、
それ以前のマンションでは、住民の誰に対しても嫉妬を抱く変質的な大家の団塊世代の不審者がおり、
それについては刑事が心配して「防犯指導」を訴えるほどだった

竹原にいた4月以降も、そういったハラスメント、いじめ、精神的虐待を受けた傷が残っていたのだと思う

264名無しさん2018/05/31(木) 15:47:14.78ID:taYB+4xL
2012年までと、2014年の間は、あくまで父親からも大事にされた
その間は、2014年は理解されていなかった
しかし、私は2009年から2012年までは、校風の影響か父親に理解されていた

私の人生を奪った虐待を今も赦せない

みんな人の人生について、相手の立場をおもんぱかってではなく、2012年から、
一方的に自分側からの嫉妬をぶつけるようになった、理不尽だ
それまでは賢い人としての立場を大事にする言葉がけばかりだったのに

私は事務次官にも外国の博士にも気に入られたし、
官僚機構の人事にも知り合いがいるのに

265名無しさん2018/05/31(木) 16:02:56.80ID:taYB+4xL
12 月の頃に議員も参拝する神社に行った後、その悪いものを夢の中で、
刀で切ってくれる白装束の神様が助けてくれたんだ

そのほうを信じたらいい
神様はいつも私に味方してくれる
天皇も、皇后も、それ以外も

266名無しさん2018/05/31(木) 17:06:30.84ID:taYB+4xL
今のほうがやはりストレスがたまった
去年4月末に受けたときには、脳内に二つの世界があり、一方は事務次官の世界、
もう一つは過干渉してきた、友達が「異様な距離感」と述べた大家の世界
それで関係がはっきりしていたから、去年5月は幸福でもう一度目指すと父親にはっきり述べた

でも、当時たまたますでに受けていたスカウトがあり、ある有名な世界の戦略コンサル企業を受けた
その時も自分の思いははっきりしていた
その時まではむしろ自分で選んでいた
なぜなら2016年秋以降にがんばっても同じ期日で一度受けたことになるが、
それまでにいた環境では、あまりいい影響のない環境、抑圧的な環境だったから

それから7月まで併願先を受けるのは別に変なことではないとは思う
練習がてらに
でも、一度でいいから最初から最後まで目指してほしかった
自分の器や夢の大きさのために
その無意識で見えた二手の世界は、どうしようもなく私に本心を教えたから
自分の所在がどこにあるべきかを

なのに、去年7月からも父親との会話のずれで、
それがなくとも環境要件のために用事があって都内へ戻らざるを得なかったが、
その7月から直観通りに環境を心霊現象のあるマンションから変えてくれなかった
昭和日本の加圧的な、4月から関わって確かに頼りないアドバイスが多いと思った相手を、
関係を切ってでも生きてくれなかった

本来は2016年夏以降にある渋谷のいい人に会えたが、そちらを選ばなかったのも、
単に渋谷には近場に住む場所がないから、渋谷は忙しい人が多いから
冷たいビルの中の景色が見えたから

どうして間に合うまでに、私は、

・自分中心の予定を入れる、休みや遊びも入れておく
・習慣を変えてみる、生きたい場所へ行く
・環境を変える、関係を変える、人間関係を広くしておく

など、思いついた通りにしなかったのか

たいていは家の中でネットで単純に気分転換できてしまえていた自分のせいでもあるし、
その人が自分の中から死んでくれたらよかったのに

それでもうまくいっていた2012年までは、ただ住んでいた環境が都市部で、
景観のいい巨大な公園が近いなど、とにかく「しがらみ」がないところだった

「しがらみ」をキーワードにして話の通じやすい昔の保健の先生もいたのに

それから去年7月から12月までの間も、たまたま自分の本性に戻る進路に、
進まないといけないのかというときもあった
たまたま自分が希望するところは、採用しない場合も多いタイプの試験だったから

それからずっと目指してくれなかった
甘えてくれなかった
去年7月に甘えたらいいじゃないのと理解者のおばさんが言ってくれたのに
去年12月からもすぐあの心霊現象のあるマンションを離れなかった

私が心の病になったのは、途中から変節した、2012年から私を、
一人の大人のキャリアを生きる人として扱うのをやめた、父親のせいだ

去年4月末から5月までの自分の直観と、しがらみ、をキーワードにきちんと話せる保健医さんと話した時から、
本当は今年の4月末の試験まで、目指せたし、
私の本性の地頭で心霊現象みたいな干渉を受けていない自分なら、
去年12月からでも合格できる自信があった!

267名無しさん2018/05/31(木) 17:08:47.17ID:taYB+4xL
何よりも私は去年12月からでも、あのマンションのある地区でないのなら、
ホテルやネットカフェですら、本当の自分らしくあれる感じがした

不満がたまっている
くだらない判断ミスで自分の経験論をバカにして、
今まで本当の自分を生きられるうちに生きてこない自分がいたからだ!
父親が過干渉してきたからだ!

268名無しさん2018/05/31(木) 17:14:56.39ID:taYB+4xL
私が母親なら、この子にはもっとあきらめの悪さが早いうちに必要だったと思う
仮に併願先を受けるにしても、練習がてらにするのは普通だろうし、あの頃のほうがワシントンポストを読んだりして、
前向きだった

感覚を覚えて去年7月に大泣きしていたなら、運がよかったはず
どうして去年5月には父親に目指すと言っていたのに、
そのたかが3か月後に手のひらを返されなければならなかったのか??

父親は去年7月から一方的で冷たくなった、自分勝手になった!

去年7月に友達にもう一度受ければと言われてうれしかったのに
それから秋の試験区分を受ける予定でも、内心ではうれしかった
また目指せて
それでも2週間自分の認知でやらないといけない予定から遅れただけでもあれだけ、
苦しんでいた

誰からも干渉されないなら生きる自分の人格の時間に基づいて生きなかったから、
今も苦しい、ストレスでいっぱいなんだ!!!

269名無しさん2018/05/31(木) 19:01:44.85ID:taYB+4xL
スランプの原因は他にもある

みんな2012年以降、ある大学は確かに「なぜか頭がいいのに2ちゃんねるのワードを使う」ような人たちが、
普通にリア充…というか、フェイスブック上で司法試験や官僚に受かるくせに、
なぜかアニメオタクで驚いた

そういう世界だった
私には逆に、そういう時から、見下し見下されの上下感覚とか、
そういうカースト的な価値観で言われるのが一番向いていなかった

高校まではそういうことはなかったと思う
せいぜいみんなお互いの個性を微妙に見抜きあっていただけ
自分の家の事情や性格からすれば、はじめからそういう、
二元論的にうまくいかないなら見下す、そうでないなら…みたいな、
オタクみたいなスクールカーストみたいなカルチャーが一番にあわなかった

2015年11月から自分の人生を取り戻したかった遠因にも、
そういう「文化の違い」をきちんと見抜いていたからというのがある

私はこの財政難時代を2010年からある程度予測はしていて、
自分の父親があと2年で定年してしまう、そのあとの予測では、先があまりないことを考えても、
自分の人生は、18歳の本音では

・官僚になる、国費留学して学費をかけない
・アメリカの大学に編入学する、無料で

だった

地方の国立や旧帝国大学をあえて合格ラインで蹴って、あの大学に入ったのも、
元はその文化のちがいと、欧米の制度をうまく活用するためだった

それでも、日本が学歴社会だからと、日本の学閥のある大学にきちんと入ったが

私は、それ以降も苦しんできた
周りの「上下でものを見て話す」連中から、意外に心の傷を受けてきた

それで自分の、創発的な意欲のある人生が台無しになるのがかわいそうだった
高校時代はハリウッド映画のシーンも何度も見たし、

前から嫌いだった、あの高校のあのグループが嫌いだったのも、
なぜかゲームオタクほど妙な価値観を抱いていたから

私はその本音を去年11月末と12月のほうが言えたと思う

それから、心霊現象のあるあのマンションをすぐ逃げていれば、
そういう本来の自分として、ストレスのない、
頭のいい人生、カーストが上下がと偏りがちな連中の文化を無視して、
ありのままに自分の人生を生きられたのに

270名無しさん2018/05/31(木) 19:10:57.95ID:taYB+4xL
幼い時からいい、心の機微のある関係がある人は、
オタクにもならないし、エリートになるにしても、なる間も、
天才肌で、挫折もない
気負いもないし、変なプライドやプレッシャーをつけられる「役回り」すらない、
上下で言われたり、馬鹿にされたり、いじめられる筋合いにもならない

そういうことを、あの中学で、
あるいじめられっ子を庇って、それから、本当に好きな友達と別れた時から、
失っていたことも知っていた

みんなの思春期に振り回されなければ、私は、
18歳で自分の立場に従って、やりたいことがたくさんあった
それも、父親との会話で選んだ専攻だからと、考えすぎて反故にした

はじめから本音を言えればよかったと思う
私をたいていは助けてくれた人も、イギリスの博士みたいな、
国内の狭い世界の価値観を超越した存在だったから
「良心」をもとに、資本主義を作る連中だ

271名無しさん2018/05/31(木) 19:18:26.80ID:taYB+4xL
人間心理をわかっていたからではないかと思う
日本でも幼稚な人間が増えたとされるように、竹原だって昔本当にやさしかった人を、
周りは小学生まではまあまあ大事にしたし、そういうあり方を望んだくせに、
中学からは周りが思春期になったからとくだらない価値観に染まるようになり、
そういう人を傷つけるようになった、見下すようになった

優しく聡明で誰よりも優秀な人は、だから大人になると、すぐに頭がよくなって官僚になるなり、
アメリカへ留学するなりするんだ

所詮はこの町の市役所の職員になれと言われたようになったとしても、
そこに優しい人がいたとしても、どこかでそういう、「人格者」であるからこその苦悩があるだろうと、
この子の母親ならわかっていたから、18歳からのほうが幸福だったんだ

今まで私は、自分のために生きたことがない
今まで私は、多くの国民を守って庇って助けて生きてきた
だから、内閣総理大臣になれる資格がある

それに、元首相のもう一つの改革案を知っている
もし岸田派が票田を取れないなら、私を秘書にするがいい
伊藤元秘書官よりも優れた案で、政権を、改革的な意味でも永続的なものに変えてやる

272名無しさん2018/05/31(木) 19:24:16.40ID:taYB+4xL
司法試験を受けなかったのも、当時は給費制がなかったから
本音を言えば国際的な舞台で活躍する官僚になりたかった
司法試験を合格しても、刑事事件の採決をとる気にはならないと思ったから
硬直的で保守的な司法と現状の政治の世界が癒着しているのもわかっていれば、
私は国連に生きたいとすら思ってしまうから
そういう世界観だから

それを今まで「人を見下す」という概念の人格者として、
中学までも高校までも他人をいじめなくても、聖域的なポジションとして存在を庇われたような、
私をよくその「上下の世界観」に入れることで、傷つけてきた人間が山ほどいたが

そういう人を傷つけるには相手を子供扱い=虐待の対象扱いすればいい、
という手法もずっと前から見抜いていた

父親の「まるで赤ちゃん見たい」という言葉も嫌いだった
彼は言うべきだ、こういい直すべきだ「まるで周りのために生きてきて、それまで頑張ってきた人が、
ようやく自分のために、迷子になれたみたい」

273名無しさん2018/05/31(木) 19:37:35.89ID:taYB+4xL
この数年間、そういったことがあるだろうと予測はしていたが、
最初からいらなかった
ある大学は確かに頭のいいわりに、キャンパスにジャズやバンドの音楽が流れるわけでもなし、
思春期みたいな、昔のゲームオタクが言うなら「中2病」みたいなうざい連中が多かったけど

そのレベルのエリート意識には乗りがあわなかった

それだからこそ、せっかく、都会からは自分のために生きられると思った

私は今まで再三に他人のために感情をコントロールして生きてきた
そうやって管理させる仕組みをつくることがあえての、ハラスメントやいじめなんだろうと、
そういえば、2015年の夏に担任に話した時には確かに、
そういう本来の自分を理解されていた

前からそういう「見下しされる」の関係というか、「しがらみ」が邪魔に思えていた、と

映画だったら、たまにBSで流れるような情緒のある映画が好きで、
最初からそういう「学生文化」のノリのないところで過ごしたかった

274名無しさん2018/06/01(金) 09:49:17.20ID:a2x7MVqu
高校3年間のいじめも、担任が公開的に解決してくれたのは、「仕事を邪魔しないから」だった
私は仕事を邪魔されたような関係が2014年以降、2012年から第一志望を素直に目指さなかった時から、
続いたから、ギフテッドなのにストレスが今もたまった
「対策ベース」で合法的復讐=出世すること、自らの職務に邁進すること、これでストレスを発散するタイプだから

でないのなら、意味がないと思う
誰かのために徒労して疲労して、音楽を聞いて発散しても、
それはいつまでも大人しい人として徒労させられるだけ

私はだから、去年12月下旬から対策ベースでない間に、常に家族との会話や、
予備校のスタッフとの会話があった
講師の間にはなかった
常にそういったことを紙に書いてやり直してほしかった
人へはあまり感情を抱けない、冷酷な人間であって構わない
優しすぎる人、は、基本的に、もっとクールであることで、過渡期は自分を守るべきだ
その後に人のためになるのだ
賢さ、強さ、したたかさのない優しさなんか自分への毒と同じだ

275名無しさん2018/06/01(金) 09:53:02.96ID:a2x7MVqu
だから、去年12月から対策ベースで何もかもやり直せることには幸運でうれしかった
なぜならそれまでに他人のために転職をしていて疲れていた、
その時に心霊現象もあいまり、本来の自分を疲れをいやしながら見つめるきっかけになれた
父親に本音を言えたから


それなのに、無視した
対策ベースを無視した
原因はあの部屋に居続けたから
わかっているならすぐ箱根温泉に泊まって疲れを癒してから、
大事な人生の対策ベースをしてくれればよかったのに
お祓いもして

順番が異なることをわかっていながら、やることの
去年12月からたしかに、あの問題のある部屋に居続けると、そういう考えが拡散されていた

人間関係などに感情を持つな、持つな、持つな、
もっと頭のいい優しい人間は、冷徹になれ、自分のために冷徹になれ
世のため人のためになれ

276名無しさん2018/06/01(金) 10:11:00.28ID:a2x7MVqu
私はどうしても東京のほうが好き
都会の文化のほうが面白い
地方や田舎は働いても面白いことがない
知的好奇心に限界が来る
同年代でも地方に最初からとどまる人を私は陰湿に思うことが多かった
老人は違っても

そういう自分の「好き嫌い」を大事にしていなかったと思う
きれいごとはやめろ

最初からそれを知っていたから去年12月からやり直せた
それからしばらく、あわない地域にいてから、それを否定していた

世のなかの上下感覚や何となく相手が情けなさそうだからとかいうイメージより、そういう、
リアルな自分の好き嫌いを大事にした方がいい

今までだってそうだった
せっかく自分の人生を今回は最高の人脈でやり直せると思ったのに
そこが一番の問題だと思う
「疲れていたから」好き嫌いで素直に生きなかったこと
自分で自分を抑圧していたこと

それから、竹原にいたときに過干渉をされた
竹についての公共施設で
竹原市役所に勤めてその町の人間と結婚しろという過干渉を受けた
それも原因だったと思う

理不尽だと思う
でも、最初から自分が好きなことを優先してやればいい
好き嫌いは誰にでもある
自営業者に好き嫌いがあるように、私にだって好き嫌いがある

みんな勝手なわがままな上下で抑圧してきたけど、
私は好き嫌いがある
都会のほうが文化的に好き

277名無しさん2018/06/01(金) 10:14:57.72ID:a2x7MVqu
一喜一憂なんかしなければよかった、それもやさしすぎた原因だと思う
自分の去年5月も私は素直にこう思った
おじいちゃんに自分はこれを目指すと素直に甘えて目指せばこうならなかったって
もしその意地悪な女が望んだように私がこの町で働いてその町の人と結婚しても、
親戚一同つのっても、
笑顔の仮面を二度と作らなくなり、私はめいや従妹をいじめるような人間になるだろう
毒のある人間になる

そういう、自分の本当の好き嫌い、幸福追求権をわかっていたから、
私は去年12月からも11月からも自分の人生をやり直そうと思った

そういう時に見返してやれとかなにくそという気持ちでやれとかはどうでもよくて、
自分を大事にしなさいとか、しがらみを無視しなさいとか、
好きなことをしなさいというのが、一番の愛情だった

理不尽だと思うのはそういうところ

他人のどうでもいいことに耳を傾けるな
冷徹になれ、自分や自分を助けてくれた人間のために

278名無しさん2018/06/01(金) 15:16:45.20ID:a2x7MVqu
「変な人」が嫌いっていのはあると思う

テレビの大物コメンテーターみたいなきちんとした人ならともかく、
同世代でもギャーギャーワーワー大騒ぎする人が嫌いとか、
ちょっとしたことですぐ被害妄想、誇大妄想、他人を気にして、
左右する人が嫌い

そういうできない人たちが嫌いだからこそ、私は2015年11月まで我慢してきたからこそ、
手を切るように、自分の本当の人生を自分のスピードで歩みたい
今までは猫かぶってただけだと思う

あまりにも相手が変な場合「ハラスメント」と言い直していただけ
きれいごと
イギリスの博士と馬があったのは、あっちの国の人間には、
「変な人」が少ないから

去年12月からやり直したかったのもそういうことだと思う
「変なこと」をもし受け入れないならどうなのか

279名無しさん2018/06/01(金) 16:57:44.36ID:a2x7MVqu
2012年におばあちゃんが「あんた検事になるんか」と言ってくれたときがうれしかった
2014年におばさんが「権力なんてどう?裁判官とか」と言ってくれたときがうれしかった

2015年11月までいろいろあって2014年からあるいは2015年5月から目指したかった進路、2012年から目指したかった進路、
目指すことになれたのに、しなかった

2015年11月までは耐えに耐えていたから
2014年春から父親が「お金の話」をきちんとできていたら、2012年からも目指せた
官僚を目指せた
本来は18歳で外務官僚で国費留学したかった
ノンキャリアはつまらないからキャリア官僚になりたかった

何年も何年も我慢してきた
なんであんなに地頭のいい子が高校三年間であれだけ勉強しなくても受かり、
同時に伸び悩んだか考えた
背景には「父親ののろまな会話のペース、理解度にあわせた」というのがあった

父親とは馬が合わない

2015年11月から誰とも口を利かないで、思春期から青年期の自分のためのカウンセリングを行い、
自分の人生を自分主導でやりたかった

地頭がいいからきちんと勉強したら18歳から最短距離でぐんぐん先へ進める子が、
スランプで2014年春にあの会社に入ってから、
案外、アメリカからの帰国子女や、イギリスの博士などが褒めてくれた、
日本の大学の「変な人」である教授より
だから、よかったのに
この子はギフテッドなんだと18歳であるアメリカ的な校風の大学に入って思った
理由はそれからは公立高校と違い、個性や好奇心を否定しなくなったから

その時18歳の夢は、官僚になること、投資顧問になること、学者になること
学者になるのはお金がかかるから、官僚になること、投資顧問はアメリカの産業なのでやめた

なぜ私がやりたい仕事かつ高年収の仕事を目指すのをやめるスランプが多かったのか?

いつも合わない人たちに過干渉されてきたからだと思う

280名無しさん2018/06/01(金) 16:59:08.35ID:a2x7MVqu
18歳で地元を出たら、高校までの人間関係はどうとももう思っていない自分がいた
それが本来の自分であるとすでにわかっていた
右脳で語るほうが自分の池田元首相の姿が見えたことなども話せて、
それ以外は左脳で語ることが多かったから、今まで我慢する羽目の会話が多かった

空気を読みすぎた、周りにあわせなければよかった
父親が死ねばよかった

281名無しさん2018/06/01(金) 17:03:35.95ID:a2x7MVqu
2015年11月にそういった本心を語れる高校時代のクラスメイトがいた
その人は高校の担任を知っていた
だから、話せてよかったのに

自分の内心ではもう年齢がここまで自分を抑えてしまったと思っていたが、
2015年の3月からのほうが当時は自分の家のことばかりで会話にならなかった父親や祖父母より、
クラスメイトや友達と会話できて、応援されてよかったのに

それから、2015年11月からたしかに、私に地方公務員になれというあの大学の教授とか、
2016年夏以降も左京区のストーカーみたいな、刑事が嫌う大家とか、
私は私に対して、抑圧的な、馬鹿を求めてくる人間たちにストレスを感じていた
それはあの会社を捨てるときにわかった
たしかに、あの会社にいてから私はずっと自己否定だったし、
アメリカの大学院に行く前に見た朝の夢で、
自分が自分よりも頭の悪い上司の下で自分の心を抑制していることに気づいていたから

私は18歳で思った
この子の地頭なら、それまでは過疎地の環境要件が明らかに悪かった
周りにそういう頭のいい会話をできる人もいなかった
でも、案の定、2012年からそういういい大学に行けた
やはり地頭はよかったから、後天的な教育次第に思えた
それで人生がかなり変わると

だからこそ、何年も18歳からの出世コースを軽んじた自分も、
周りにいた過干渉な連中も大きなストレスになってしまう

282名無しさん2018/06/01(金) 17:05:28.62ID:a2x7MVqu
2015年夏、高校の担任は頭の良さを否定しなかった
当時の成績や内申点すべてを知っていたから

だからこそ、私は、天才だからこそ、他人への共感能力を、
自分の人生を歩むときくらいはストップしても構わなかったのに

いつの間にか「親子」の物語に戻されていた
ストレスは18歳から、今までの9年以上もたまりまくったことになる
思えば18歳の時から、進路について深い考えがあるのに、
家族とは会話も通じないので赤子のように泣き叫んでいた
かわいそうなことをした、自分の自尊心を傷つけることばかり

世界的なノーベル賞受賞者になってもいい

283名無しさん2018/06/01(金) 21:03:50.69ID:a2x7MVqu
ギフテッドの子は高度な学問をさせるとすぐに精神状態がよくなるということがある
博士に会えたときもそうだった
前の仕事は「お前は頭を持て余すからこの業界から出るほうがよい」と言われたし、
管理職にもなれない仕事なので、長く見て向いていない

アメリカからの帰国子女にボーイズビーアンビシャスと言われた
それから金では買えないいいものをもらったということだと思う

父親は4月から急に「頭の悪い人向け」の言葉を手のひら返しで言うようになった
それでストレスがたまったということだと思う

284名無しさん2018/06/01(金) 21:07:59.33ID:a2x7MVqu
実際には去年12月から何もしていなかったわけではない
明らかに疲労、方法論のちがい、精神的ストレス、人間関係など、
実力と関係ないところが多いから、だと思う

それに以前から知ってはいるけど、偏差値50のほうに合わせるとあわなくて、
70のほうに合わせるといいのを知っている
集団ではなく、個人のほうに合わせること

285名無しさん2018/06/02(土) 14:27:48.07ID:u/Qor/fD
すいません
ヘタレ田舎バンドの新しいやつ見てみてね
https://www.youtube.com/watch?v=79FU2tKx5Xg

286名無しさん2018/06/12(火) 07:48:03.41ID:3y3Qm+qg
今日、散歩したらよくわかった
いつの間にか変わったのは周りのほうだって
周りのほうがいつの間にか、ある大学から、世のなかの些細な上下っぽく、
関わってくるようになった
たとえば、ある高校では、別の町の団地住まいみたいな連中の学生が増えると、
妙な中2病やヤンキーみたいな変な意味での上下っぽさ、
捻くれた感じが周りに増えたとか

私がそれに巻き込まれてきただけ

287名無しさん2018/06/12(火) 07:50:42.83ID:3y3Qm+qg
2016年の3月頃に、ある昔の同級生と連絡があって、その頃に今は、
どこそこで働いている、昔の先輩もいるよという連絡もあった

そういうのが本当の気遣いだった、いい奴だったなって思う
多分、そういう安心が欲しいんだろうってわかってたのかなって思う
なつかしさというか、変なひねくれたような上下っぽさで、
いつの間にか昔はみんな普通だったのに、
いつしかそういう風にみんな変わってお互いをそうやってひねくれて扱うようになる
そうは扱わないほうがいいんだろうってところ

それが情けないとか甘えてるとか、子供っぽいとか共依存、
自立してないとか、そういう意味合いとは違うところ

288名無しさん2018/06/12(火) 07:56:28.68ID:3y3Qm+qg
大人になってある大学からそういう立場に立つと、
たまたま我慢して巻き込まれただけでも、内面が冷徹だろうが何だろうが、
「どうせこの子そういう人」扱いが増える

少し失敗しただけで情けないとか騙されやすいとか共依存とか、
上下の関係で何となく扱うとか、言葉に翻弄されやすいんだろうとか

そういうひねくれた扱いがなければこうならないだろうと思うことが多かったから、
やり直そうと思った

昔の教師だってまっとうな人は今でも誠実だけど、
そうではない人は、大人になったとたんに昔の教え子を小馬鹿にするような感じ
そういうことには意外にストレスを感じてきた

289名無しさん2018/06/12(火) 08:04:08.92ID:3y3Qm+qg
親族のほうがいつの間にか変わって狭い世界の範疇で言うようにもなったんだと思う
昔はそういうひねくれた扱いなんかなかった
どこへ行っても同じだろうとか変な対抗心で会話されること

何かあれば心配してくれるような愛情のある人が昔はこの町にはたくさんいた

290名無しさん2018/06/12(火) 08:09:53.13ID:3y3Qm+qg
昔の家々を見るとわかるんだ
中学の頃もいじめが流行したけど、その頃から仲直りってすぐできたんじゃないのかって
あの頃いじめてた側、いじめられてた側、すぐに会いに行ける距離なのに

そういうのをしないで、馬鹿みたいな話

今でも町の人が他人に意外と無関心で自分勝手なのかは知らないけど
そんな思春期の「周りが勝手にひねくれた」ことに間違った形でつき合わされて、
いつしかクラスで孤立していた人と一緒にいるうちに、
その人のほうがクラス全体と対抗心を勝手に抱いていて、
そのうえでひねくれたことを言ってきた
ああいうことに巻きこまれていたことだって、理不尽だったとは思うよ

でも、自分がクラスではその人といても、
すぐ会いに行ける距離なんだから、自分から会いに行けばよかった
本当はこう思うって

291名無しさん2018/06/12(火) 08:13:25.96ID:3y3Qm+qg
もう何年もずっと一緒にいた大切な人を、
そのクラス全体と勝手に対抗心を燃やしていた思春期の孤立していた人と、
一緒にいただけで、手放さないようにするためか、
いろいろ嘘を言われて嫌な思いをした
そういった友情とは別の、本当の思いのほうが成長にあたって、
というか、何となく目に見えないけど大事な気がしていた

大切な人を傷つけて見放したこと
そのまますぐに向こうから会いに来たのに、自分を責めて、
会おうとはしなかったこと
本当の友情は私の中ではその人が最初の友人

友達の少ない人は、良く自分勝手になりやすいから
若手の20代前半までそうだと思う
いつもそういう人たちの「世話」に巻きこまれてきたとわかっていたから、
3年ほど前から、本来の自分の人生をやり直そうと思った

292名無しさん2018/06/13(水) 03:37:02.05ID:NGpqDjkk
ある大学に入ってから父親との会話で合わせて進路を第一志望を抑えた時から、
A先生の基礎法学系の時間割を組んだ時から、元の自分みたいな、現実の記憶をともなう立体的で、
建設的な判断がばらけるようになった
2012年以降、2015年11月からはそれをやり直す予定だったんだよ

最初から、「考える時間を短くする」とかはまあいい得て妙だけど、
現実の格差構造や経済社会の中での嫌がらせの要領を理解しているからと、
きちんと思い出せているから
かつ、制度論で「考えないこと」=「会話しないこと」のままやれるっていうのが、
最も要領のいいことだって理解していたからだろうね
自分も誰かを騙す、認識のレベルを落とすなら会話の手法を用いるし

「そういう性格だから」という前提論をそもそもかぶらなくていい
薄い膜を作られる暇すらない

293名無しさん2018/06/13(水) 03:37:21.29ID:NGpqDjkk
世界のほうに直通で通じる無意識の夢みたいなものも、
他人の目には見えないものだし、そういう自分の知性をなぜかある大学から、
父親が否定するようになったんだよね、会話で

そういうのを「精神的虐待」って形容していた
ある大学以降、そしてその大学の教授の一部はそれをわかっていて、
卒業後も再三にしていたらしい

294名無しさん2018/06/13(水) 03:37:54.32ID:NGpqDjkk
高度な嫌がらせをなんのメリットもなくする人たちがある大学以降はいた、
というのは完全に最初からわかっていて予測済だったのにな…

それもその大学教授の人たちの思うようなのと違う別の理由で、
そこを抜ける予定だったし

未来を生き残るための考えのひとつだから、元は個人の自分に集約されないし、
一度見たことや聞いたことは絶対に忘れない脳を持つ場合はそうだよね

たとえ見たことを覚えていない仮面が増えても、
やはりエピソード記憶は完全保存版だから

今回は本当に体調が悪かったし、
そういう人間社会の構造を理解しているからこそ、
父親の手のひら返しやなぜその大学から嫌がらせが増えたのかが、
ストレスになっていたんじゃないか

A先生はなぜか私を言葉を真に受ける存在として前提的に扱っていたみたいだしね

295名無しさん2018/06/13(水) 03:38:21.77ID:NGpqDjkk
そりゃあ本性の自分が相当にそういう幼い役割演技の自分に激怒するなと思って
それで自殺的な行為を進路においてしているのなら、2015年の秋から、
もうすでに何度も激怒していたと思う

同時に、それを作りこむ脚本理論も理解していたわけだからさ

「何かの経験があって狡いと思うのかもしれないけど」の時点で、実はその意味に気づいてすらいるみたいだし、
当初からその、「言葉を受ける存在」を前提にしていたり、
「自分の考えが相手にすべて全容的に伝わると思い込んでいる存在」を前提にしている、
ということを、日本人のある種の上下に些細なプライド論の世界で、
作られることには理解が及んでいた

あらかじめ予測していたのなら、なぜ、とは思うな
自分がそういう目下を作らなくても、自分は相手に接するほど、ある意味で、
自分に対しても冷血な内面を知っているから、慣れてしまっていたのかもしれないけど

ある程度、過去に傷ついたことのある人は、
どこかで他人に優しくされれば、落とせるだろうっていうことが、
わかっていないとだめだからね

そのことも、ある程度、2015年11月から脳内で計算をはじいていたはず
多分、そういう風にしてくる人間も増えるだろうな、とは

相手の個体差にもよるけど
そりゃあ本性様が激怒するよ
今までだって腹の底からその幼稚な役割演技の自分を担任と「ちっちゃい○○ちゃん」って呼んで、
何度殺してきたことか

296名無しさん2018/06/13(水) 03:41:01.53ID:NGpqDjkk
あの校長先生もそうだったってことでしょう

「相手の脳内を推測してしまうんだろうね」とか
多分、前提のイメージがあっち側なんだなって最初に会話して思ったからじゃないかな
「個」とは何か

あれはほぼ世界経済の中で他人と会話しないならの直観ということだけどな

もともとDさんとは離れたのも、友達ではないから、というのもあるけど、
危険な言動をする人なので、子供ながらに怖かった、というのもあるしね

上下の問題ではないんだよね

297名無しさん2018/06/13(水) 03:42:22.50ID:NGpqDjkk
>>296
あの校長先生もそうだったってことでしょう

…そう思い過ぎていたってことでもあるし、わかっているのなら感情を抱かないってことでもあるんじゃないかな
本来は

人間社会のそういう、誰かの本性を受け入れたい人と、一度は少しためらう人、
両方がいるのを知っているだろうし

298名無しさん2018/06/14(木) 11:09:45.85ID:S5erXrbO
さっきおばさんと電話してたときに、もやもやした
なんで自分を自分が否定した生き方をしないといけなかったんだろうって
会社にいた一年目に、ある人が死んだとき「受け入れないといけないのよ」と同時に、
いとこが進路がうまく言ってないからか知らないけど、対抗心的に言われたのがしんどかった

私は去年秋からも勉強をできていいのに、できないふりをすることで、
今まで、親戚に遠慮してきただけなんだろうって思う

受けいれていいのは、他人ではなく自分一人だけだよね

299名無しさん2018/06/15(金) 11:53:00.56ID:BNHoiARB
家族は昭和日本だから私と感性が違う、
さっき言いたいことを家の中で話していた時、
父親がああ煩いという風に叫び出してそうわかった

前からわかっていたのに
家の中ではそういう乾いた感性の自己中な人が多いから

志を持っていてもそれを忘れがちだったのが問題に思う
働いてからの自分の社会人としての心の傷からの回復と、
そこからの志

「オズの魔法使い」の「ブリキの木こり」みたいな
失った心を取り戻すこと

300名無しさん2018/06/16(土) 19:14:44.32ID:Vq2J1Uxh
対策ベースで考えてるのにできないは、人格論でも精神論でもなくて、
まんま対策が間違ってるからだろうし、
生活習慣や体調の悪さがいつも原因に見える
後は環境

志を持っていたので、2015年に竹原市にいたころも、
ちょうどあの頃、自分はNPOでも作るとか、広島大学へ行ってみたら?
とかいう書き込みをしてくれた人たちがいて、
あの頃のほうが私は嬉しかった

「社会を変えるためにも勉強はきちんとしなさい」と私がなぜか、
言えてる立場だった

彼が素直だったからかな…

それから、いつも集団の中にいたけど、
そこにいるとふとそういう個人としての人生上の経緯を忘れがちで、
たいていは周りは学生気分だから

せっかく東京からその自分を生き直す機会があったのに、
何年も無駄にした

自分が努力しなかったというより、いつの間にかそういうアメリカみたいな、
大きな心のある自分を、まんま受け入れるのを忘れていた

あとは、基礎からやらないで応用ばかりしていたので、定着しなかった
自信の有無ではなく、世界をそのまま感じている感性があれば、
そのままやれた
他人との言葉のずれにいちいち考える必要はないはず
そこからスタートできる2015年11月、嬉しかったはず

301名無しさん2018/06/16(土) 19:17:30.36ID:Vq2J1Uxh
元の自分をはじめから生きたいな

きっと難しい概念がたくさんあるからこそ、まんま苦手だった、
当時からのある大学の教授と会話してからでは、そのペルソナもいらなかったんだろうけど
なんで東京の合わない地区にいてからも、すぐそこを出て、
元の自分らしく生きてはいけなかったんだろう?

努力するもそうだけど、なんでしてくれなかった、
あるいは、しなかったんだろう?

なんで幸せになったらいけないの?以上に、
なんで2015年の秋の僥倖な、神から下された志に従ってはいけなかったの?

302名無しさん2018/06/17(日) 19:16:58.81ID:dG1WytvS
私は何も悪いことはしていないのに

今まで、人の言葉を呼応的に影響を受ける人間扱いされたことは、
あのある大学に入る前まではそれほどない

あれからなぜか、何か一方的に周りから扱われやすく感じた

仕事だけは誰にも負けない
自分が一番に優秀なことを証明する
なんで私が2015年秋から、大人の自分の本心として、
人生をやり直したらいけないの?

あの大学以降、「そういう人」扱いがまるでスクールカーストみたいな、
いじめで、高校まですらそういうのはなかったから、
どうしても「そういう扱いを人生を再スタートする時期に受けること」については、
再度赦せない思いになった

2015年秋から、ずっと我慢して生きてきた

303名無しさん2018/06/17(日) 19:19:20.35ID:dG1WytvS
そういう人=おちょくっていい、いじっていい、いじめていい、からかっていい、
情けない、蓮っ葉、人の言葉を真に受ける、人の言葉を呼応する、
病気になる、仕事ができない、勉強ができない、不細工、といった、
社会的に不利な扱いは、

前提論としてその大学に入ってから、親との会話で学費を遠慮して、
第一志望の進路を対策ベースでしなくなった時以前は、なかった

それまでは、個人の立場と利害を見て、自分個人として、
一人の人間として生きてきた

どうしても変なことが続いて赦せなかったから、
知り合いの警察、首相官邸、その他の国家機関すべての知人や友人に、
変なことがあればお互いにそういう情報を与えてきた

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