シベリアにラノベ含む読書の話その8©2ch.net

があってもいいじゃないか。

前スレ
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819リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
エラスムスは「平和の訴え」をラテン語で書いたそうです。
当時ラテン語は学ばなければできなかったため、ラテン語で書いても読めない人だらけだったのです。
国家の君主は読めたようですが。翻訳者がいたのかもしれないし。

聖書はおそらくギリシャ語で書かれていたものしかなかった。
エラスムスはキリスト教をなんとしても正しく理解したいため、ギリシャ人からギリシャ語を習うことまでしました。
このギリシャ人がクソ野郎でして、単語の意味を嘘ついたりもしました。
エラスムスからギリシャ語授業の月謝をずっともらい続けるために、エラスムスを弄り回したそうです。
エラスムスは知りたくても教えてくれないので焦らされて、それでも教わったのです。
残念なことに、当時、ギリシャの外にいるギリシャ人が一人しか見当たらなかったためでもありました。なんということでしょう。
それでも学ぼうとするエラスムスの執念はすさまじい。

すべて、君主への激怒で、平和を訴えかけるためでありました。

あまりに激怒していたようで、罵詈雑言が多く書かれています。
しかし「平和の訴え」は現代社会を予言するかのような愚かな社会を描き、
それをどうすべきかは、現代も参考にできると思います。

リーダーシップ、教育などは今でも通じると思います。
みなさんも罵詈雑言は相手にしないで読めばいいと思います(笑)

そして、私の思うこととエラスムスの活動。エラスムスの精神状態と私の考えがあまりにもそっくりなのです。

820リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
エラスムスは聖書が各国語に訳されていないから何としても訳しようとした。
普段はラテン語で書いています。
私は、なぜか知らないけど各国語を中途半端に知りたがっています。
母国語の日本語もあまり使う機会がないのに、外国語を知ろうとして、滑稽ですがエラスムスを知ってなるほどと思いました。

そして、エラスムスは君主教育の本を書いているのですが、君主教育と書いても
あきらかに全民衆の教育についてです。
君主を教育する手法は、どの人でも施せます。
今でいえば、すでにある学校教育の悪ではない、新しく検討され始めているほうで、ちゃんとよく考えられた教育です。
日本では現実的な教育方法も、理想論に過ぎないくらいに悪い教育環境なのですが・・・。

外国語を複数学んで訳しようとするのと、
君主と民衆の教育を考えるのは私の思うことそのままなのです。
このことには驚きました。

前にもプラトンの精神状態が私の中の一部と全く同じでしたし、
歴史上「これって自分そのものじゃないか?」と思うような人物がいるようです。
こうして、自分の才能に気づくのかもしれませんね。

821リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
長くなりましたが、今思えばいい本でした。
君主に対する激怒で、罵詈雑言が半分くらいになりますが、現代の愚かな社会を予言したような本です。
私個人は予言したような本だとは思わず「いつの世も人は愚かだな、はっはっは」と自分のことを棚に上げて思ったものです。
でも同じということは、やっぱりエラスムスは知識を仕入れて予言できるほどの理解力を身に着けたということでしょう。

今検討されている、リーダーシップとか、良い教育とかと通ずるところがあります。

「平和の訴え」はエラスムス晩年の著書らしい。
エラスムスがずっと言い続けてきたことのまとめだとか。
それにしては非常に短いので、うすい本です。
あまり本を読み慣れていない人も何とか読めるかもしれません。本文だけで言えば98ページくらいです。
こういう短い本から読むようにすると、慣れていない人が読むとしても読み終えることができるのです。
もし何か読んでみようと思う人がいたら、短い本から読めばいいでしょう。
昔の人のちょっと深い内容の本でも、案外、短い本は多く有ります。
読むかどうかはともかく、本屋、図書館などで本を眺めてみてください。
背表紙に字が印刷できそうにないくらい、うすい本も紛れ込んでいますよ。
その本が読みたくなるとは限りませんが、そこまで薄い本もあります。
本は分厚いだけじゃないんです。

おわり

822リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
アルフレッド・アドラー著『アドラー・セレクション 個人心理学講義』
岸見一郎 訳 アルテ(2012)

子供は学校に入る前、親との関係などで心に傷を負うことがある。
本では心に傷を負うなどとは一切言わないが、そんな出来事によって子供は
これからの人生、またひどい目に合うんじゃないかと恐れながら生活するようになる。

これがみなさんの性格の欠点となるのである。
本では性格という言葉を決して使わずに、あえてライフスタイルと訳している。
恐れによって、人は人生の問題を解決できないに決まっていると思い込み、人生で発生する問題に対処しなくなる。
自分に自信がなく「どうせ自分の力では解決できないだろう」「またひどい目に合うに決まって言う」と思っているので、ためらいながら生活することになる。
そこから不安になり、怖くなり、前に進める時に怖くなってずれたことをし、いつも失敗するんだと思ってしまう。

こうして自分の力では何もできない人間が出来上がる。
これは学校に入る前のこどもにとって、親のチョットした行動で心が傷ついたためである。

823リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
アドラーはあまり難しく考えなくても人間が将来どうなるか、予言できるという。

子供のころにショックを受けたことから、またそうなるんじゃないかと恐れている。
だからまたそうなるんじゃないかと思うあまり、そのようにしてしまうという。
これがわかっていてもつい間違ったことをしてしまうという、失敗談の事である。

だめだ、だめだとわかっているけど、いざというときにダメにしてしまう。
自分でも、「自分でわざとやっているんじゃないか」と思う場合があるだろう。
これから似たような場面があると「こうなっちゃうんじゃないか」と恐れ、いざというときになったら
わかっていてそのようにしてしまい、「やっぱり、またこうなった」と落ち込む。

これは幼い時のショックで、生きるために有用ではない行動になってしまっている。

アドラーは有用である行動で自信をつけるために、子供の相談に乗るという。

824リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
私たちがだいたい同じ経過をたどって失敗するのはそのようにしているからである。
それがいいからやっているんじゃなくて、恐れからやっている。
幼い時の悲しみなどを繰り返しているのである。

アドラーはそれが、自分の能力を決めているが、その能力を、自分を破滅に導くために使うのがいけないとしている。
「有用でない」方法で自分の能力を使って、場合によっては命を落としてしまう。

825リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
私たちは心の傷を負っていまここにいるわけだが
自分の能力を「有用じゃない方向」に使っていることがある。

有用じゃない方向へ自分の力を使うと、社会に適応できないままでいることになる。
やっちゃいけないことをあえてやってしまっているのは、有用じゃない方向に力を使っている。
それを有用な方向へ才能を使えるように勇気を持たせ、
子供たちに、何があっても自分の力でしっかり対処できると思えるようにして
自分の力を世のため人のために使うようになって、自分を肯定するように導く。

これがアドラーの個人心理学である。

826リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
「人は弱い存在である」という前提で考えている。
弱いために、たいていの人は自分の力に劣等感を持っている。
この劣等感は、あまりにも耐えがたいため、意図的に自分は強いんだと、やたらと周りに示そうとすることがある。
こういう人は多い。
何もないと思っている人は、何か一つのことを望んでもいないのに頑張り、それが良くできると示して
自分は強いんだと見せつけている。
自分は強いと演じていないといけないような状態を「優越コンプレックス」といって、これもよくない状態である。

「劣等コンプレックス」というだけで誰でも直感するように、自分が劣っていると思うことである。
そこから、逃げようとする人と、戦おうとする人にわかれる。
実際に逃げるか戦うかはその人次第で、アドラーにはわからない(と思っているように見える)。
だがライフスタイルでだいたいの傾向が決まるため、将来どうなるかだいたいは予言できるという。
このライフスタイルで決まった形を「原型」ともいう。

心の傷を負って、また傷つくと恐れることから、ためらっている。
自分でややこしくしてどうなっているかわかっていないが、周りから見たら、結果として自分からやってしまっているのである。
これは明らかに堂々巡りであるから、社会にも適応できないため、有用ではない。
だからアドラーはその堂々巡りを終わらせ、心の傷が完全に癒されないとしても、その状態を
破滅のために使わず、世のため人のため、自分も周りと問題なく付き合えるように準備させ、勇気を持たせる。

827リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
心の傷、ライフスタイル、原型について長くなってしまった。
もう一つだけ、家族でどの位置にいるかでも、ライフスタイルが決まる。
たとえば、長女、長男は一生で挫折を繰り返すという。
次女次男は戦う傾向にある。
兄弟なのに性格が違うと言う奴である。
なんとなく一般的に兄弟は似たような態度になるイメージを持っている気がするが
私(リーダー)からみたら、あきらかに違う態度になる。
兄弟の上下によって、どんな行動を選択するかは違うと私は思っている。
日本社会も、兄弟は同じような性格じゃないかというイメージを早くなくしたほうがいい。その方が現実に合っている。

828リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
アドラーの心理学のいいところは、個人を認める心理学である。
遺伝は完全否定する。 どんなことでも後から教育によって、臆病から勇気ある状態へ変えることは可能であるとする。

人生の問題のすべてと言っていいが、どこからくるかといえば臆病からくるという。
なんの法則性もなく人は怒ったり泣いたりするように見えるが、家庭で急に問題を起こすことも
恋愛で恋人が豹変して第二のヒトラーになるのも、臆病のためである。

あなたが理由もわからずに同じ失敗を繰り返すのも臆病であり、
人と仲良くできないのも、ひきこもりたいのも、心が開けないのも、
どんなに努力しても人付き合いが全くできるようにならないのも臆病からくる。
職業がきまらないのも臆病である。
そういえば責任逃れはまさに臆病である。

これは、よく言われる「臆病だから情けない奴だ」というようなことではなく
人はもともと、弱い存在ということである。
動物は体の一部が武器になっているが、人間にはそんな部分がない。
そこに劣等感を持つという。

この劣等感から、自分だけを守ろうとして陰謀する。
これが卑しい根性の人間になったりする。

家庭問題で、子供が所有物にされたり、学校でいじめられるようになったりする。
家では楽しい生活だったのに、学校に行くと信じられないほどつらい目にあったりする。
これらはすべて、臆病によって、社会に適応が出来なかったためである。

本当は学校に入る前に家庭である程度、社会に出る準備をして、
学校でさらに社会に出る準備を本格的にすすめるのがいいという。
ところが現実の学校などの社会はそうなっていない。

アドラーは子供たちに、社会に適応する準備をさせるために勇気を持たせようとしている。

829リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
私たちは子供のころ、心が傷ついたケースもある。
そして今、ここにいる。そんな人は、どうやって傷ついたかを改めて知り、
知ったらそれが問題行動に発展していると知り、有用でない使い方をするのを止めるためにアドラー心理学がある。

アドラー心理学では、才能を有用でない方向から、有用な方向へ使うようにする。
こどもはつらい経験から、どうせ解決するわけがないと思ったりして、自分で解決しないようになった。
それを自分で解決することは可能であるとわからせる。

人間関係の問題のすべては臆病から来ており、
臆病になったのは、家庭で、学校で社会に適応する考え方を教わらなかったためである。
教わってないので当然、できると思うわけがない、「できないに決まっている」と最初からあきらめるようになった。
そういう人は何事も成し遂げない人となる。

その状態から、警戒心、恐怖心、猜疑心、自分だけを守ろうとする臆病を雪解けのように溶けさせ、
もしかしたら自分でなんとかできるかも、と思うように援助するのがアドラーの目的だ。

社会に適応する準備が整わないまま社会に出たため、うまくいかなくて
職業が何時まで経っても決まらないなどになった。

それは他人の価値観に関心を持てないまま大人になってしまったからだ。
他人の価値観、事情があってあなたを困らせているので、その事情を考えて
しょうがないと思えるような対応をするため、準備をする手伝いをする。

そして、警戒心が解けていき、やがて自分で何とかできるかもと思うようになり
勇気をもって、実際に体を動かしてリアルを生きていこうと考えられるように援助する。

830リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
アドラーのいう社会に適応とは、人の立場を考えられる精神状態だ。

社会とは、国家の仕組みや、国家の価値観に合わせることを意味しない。
ソードアート・オンラインUのガンゲイルオンラインみたいに荒野で自由に戦えるような環境。
(何物にも束縛されない状態)
私たちのリアルである。
5大陸が有り、7つの青い海があり、アメリカ、ロシアがあるようなリアル。
雪が降っていて、今年は特別風が強く、ちょっと気温が低いリアル。

物理的に私たちの体の周りにあるすべての環境が、アドラーの言う社会である。

まさにリアルで生きていくのに、あなたたちは自分の力で何とかできるかもしれないと思ってもらうために個人心理学がある。

831リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
アドラー「勇気の心理学」といって少し前に本が多く出た。
私はこのような本を読まないようにした。
おそらく「何だか知らんが勇気が出る」という程度でビジネスをしていると思うからだ。

「個人心理学講義」を読んで思ったが、日本だけではなく世界でなんとなく人間心理を分析して
こうじゃないかといっているのは、ほとんどがアドラー心理学ではないかと思う。
私たちがなんとなく人の性格を言ってしまっているのは、アドラーに出てくる。
有名な「劣等感」もアドラーである。
日本人の感覚と違う外国の著書では珍しく、見慣れた表現ばかりが出てくる。

832リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
ここからわかるのは、日本はアドラー心理学を拝んでいることである。
アドラーのいうことをバラバラに人間に当てはめているが、体系づけられることは決してないのである。
なんとなく私たちが、気に入らない人間がなんであんなことをするかの心理を言って見せれば、
おそらくアドラーの言ったことになるだろう。

だから、日本人にはアドラーの本は馴染みやすいかもしれない。
日本人がよく考えてアドラーを取り入れたというよりは、アドラーの言葉を無批判に覚えている。
これは意見を叩き潰す日本社会で、目上の人には死ねと言われても批判してはならない風潮と同じだ。
日本では一般的に、自分より目上の人のことを語ること自体が危険思想と思い込んでいる。
そこから、目上の人の言うことを考えないで覚えておこうとする。論語読みの論語知らずになっていると思われる。
そのために、日本にある組織では有用な方へ変化する可能性が叩き潰されるのである。

実際に、芸能人などの人間心理描写を当てはめるのは気分次第であり、間違いも多い。
言葉の表面上の意味はあっていることもあるが、ほとんど間違いか、扱い方がおかしいのがふつうである。
日本人は人間心理をその程度にしかわかっていないのである。

その程度の理解で、リアルの人間関係を生きているのだから
あなたたちは生きにくいのはあたりまえということだろう。

フロイトやユングなどよりは、アドラーのほうが日本で扱っていることに近い、というかほとんど同じである。
あなたの知っている心理描写は、表面上の意味だけはあまり間違っていないので
もっと深く知りたい人は、アドラーの本を一読してみてはいかがだろうか。

なぜアドラーの心理学で勇気が芽生えてくるのかがわかると思う。

おわり

833リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
加藤昌彦 著『ニューエクスプレス ビルマ語』白水社(2015)

(日本では?)もともとビルマと呼んでいたが、最初からあの国のことをミャンマーともいう。
この理由は、国の呼び名が決定していなかったことから来ているらしい。
ビルマとはこの国の言葉で「バマー」と読む。ビルマとは読まない。
もう一つ、そっくりな概念で「ミャンマー」という言葉もあるため、どっちで呼ぶか正式に決まらないという。

実はもっと前の「CDエクスプレスビルマ語」が図書館にあったので見ていたが
途中から読み方書いていないため、何年か読書が停滞していた。
気が付けば「ニューエクスプレス」が入っていた。
内容は同じらしいが、全てのテキストに読み方を書いてくれていたため、再開する気になった。
ついに読み終わった。

発音記号で「?」の下の点がないものがある。喉を締めてはっきりとした「あ」といえば「?a」と書く。
もちろん下の点はつかない。ただキーボードで打つ方法がわからないだけである。
「a?」を読むなら「ア」が半分の長さになるようなもので「ア」だろうか。
本当に途中で止まって聞こえる。そんな器用なことをするのかと思う。
東南アジアの人はほんとうに器用だなと思う。

いきなり見慣れない文字と発音を見るのに心がけたことを書いて終ろう。

834リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
ひたすら「どこで区切っているか」を意識した。 
どこで区切っているかわかれば、読み方と文字が対応し「そういうもんだ」と思っておけば自分の中で一致するのだ。
声調記号「:」では、実際のビルマ文字で〇が縦に二つ並ぶ。これも文字の一部であり、声調記号とほとんど同じ。
ビルマ文字を書くとくるくる回すかカクカク書くだけで同じに見えるが、解説、発音記号の区切りにあるのが区切りだと意識するようにした。
それでも区別つかない時は仕方なく文字表を見るが、これは比較的早くやらなくなった。
そうしているうちに、ここで区切るとなんとなく想像がつくようになってきた。

学校教育とか、ちまたの参考書の教え方哲学なんてどうでもよくて、文字の区別はこのやり方でいいと思う。
見ている間に、なんとなく区切りがここだと思うようになる。
それが当たっているかどうかだけ見ればいいのだ。

それではまた!

835リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
カント著『永遠平和のために』宇都宮芳明訳(1985)

エラスムス『平和の訴え』よりうすい本。
詠んだのは2回目。前は写真入りだったから、項目とちょっと一言くらいだった。
今回は全訳。

サン=ピエール『永久平和論』の影響を受けている。
この本の最後の方で「純粋実践理性の国」とあるが、これはようするに
全員が人道的なことができる国のことを差す。
「実践理性」という言葉が良く出てくるので『実践理性批判』を思い出す。

永遠平和のために、条項をつくっている。
国々は戦争をしてはならない。国民を戦争の道具にしてはならない。
常備軍を持ってはならない。
戦争は国民の同意がない限りやってはならない(やりたいというわけがないので政治家にとっては詰んだw)

政治統治形態は、共和制が良い。
ちなみに日本はあきらかに民衆性である。
よく言われる多数決で決めると言う奴である。
これは人数でまさっていれば、どんなに悪でも実行してもいいことが欠点となる。

独裁、専制性は、日本では敵視しなければいけない風潮だが
うまく扱えば世界一行動が早い国家になれることもあり得る。
たとえば中国で、三国志の時代は一人の王がすべて決めていたため、恐ろしく行動が早いのである。
中央集権的で、独裁状態になるため、いつでも交代することになるわけだ。
よく考えてみたら日本はとんでもなく行動が遅く、いつでも交代している。

836リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
私の考えも、前から共和制がいいと思う。
カントは連合、連邦みたいになるのがいいとし、私も前から同じ考えである。

私にとっては専制性は良い人にあたれば悪くないと思う。
日本は民衆性なので日本人は専制性を悪いかのように言っている。
だが日本ほど行動の遅い国はあまりない。意外と国民主権はいいものではない。
昔に六法全書で国会だったかのシステム表を見たが、責任逃れの仕組みとなっている。
誰にも責任がないのである。そのためか、日本人は責任を支離滅裂なほど恐れる。

837リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
おそらく日本人は責任を取ることを「死ななければいけない」くらいにしか思っていない。

カントは一時的な休戦に過ぎない条約を結んではならないとする。
バーゼルとかいう場所の平和条約が結ばれたが、その10年後に再戦する。
平和条約が結ばれたときに、カントは欺瞞を感じ取ったようで不信感を抱いた。

政治家は二枚舌しか言わないことで有名だ。
「内心保留」という用語がある。二義的な言葉を使い、一つの意味ではなしているが
心の中では別の意味で勝手に解釈することをいうらしい。
どこを見てを他人を試す人がはびこるが、ここからくるのだろう。

その辺の根性を叩き直し、政治家はたまには哲学者の話を聞けという。
絶対に採用しろというのではなく、聞くだけ聞いてくれという。
哲学者は実戦軽々しかない政治家のように、こそこそと工作して他人を叩き潰す行動はできないのだから。
聞くだけなら危険はないということらしい。

838リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
あ、岩波文庫が抜けてた

839リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
二つまちがいがあった

「内心留保」
実戦軽々→実戦経験

840リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
まさか、カントは善の定義をすこし書いてるかもしれない

841リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
カント著『啓蒙とは何か 他三篇』篠田英雄 訳 岩波文庫(昭和25年)

『永遠平和のために』よりもうすい本。
『純粋理性批判』を書いた後で短い著作を書いた頃の本。

啓蒙とは何か、という問題に対する解答
世界公民的見地における一般史考
人類の歴史の憶測的起源
万物の終わり

の4本です

来週もまた見てくださいね、んがんぐ

ではない

842リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
1.啓蒙と何か以下略

人間が啓蒙されるには、自由を与えねば不可能である。
つまり、現代日本の過保護問題のように、子供や他人をしばりつけていると
子供や他人にとっては、啓蒙されるための準備ができないと言っている。

たとえば、子供をしばりつけるような家庭はどういうところかというと、カントではない別の著書で見た。
「子供を母親と同じ人間にしようとする」ような家庭であるという。

日本では、家庭で母親が子供をしばりつける。
子供が自由に生きるのを母親が「どうなるかわからないから」といって恐れる。
母親が「やめたほうがいいんじゃないか」と余計なことを言うためである。

母親は命令にならないように、アドバイスしていると言い訳するが
明らかにやめてくれという態度である。
アドバイスと言っても、最後には命令して確実にやめさせるのと同じ結果になる。

確実に子供の夢を叩き潰すのに成功しているのだ。
だから母親の過保護をずいぶんと問題視されるのだ。

母親の非協力的な態度は、子供の人生を潰している。
そうやって、母親の子供はなぜか、自由の無い人生を生きることになるのである。
母親ははたから見てそういうのがわからないだろうが、子供の気持ちをわかっているつもりで全く分かっていないためにそうなる。

そんな状態では啓蒙は成功しないとカントは言っているのだろう。

843リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
2.世界公民がなんとか

これは4偏の内で重要らしいが、よくわからなかったw

人間は自然からみた場合と、公民、国家の仕組みの中の人類?のような二つの見方をする。
人間は国家が勝手に決めた基準でどうあるべきかを考えると、やっていいことと、いけないことが混乱する。

国家の仕組み、法律などを守ると「いいことをしてますね」と言われるが
自然に生きる動物としての人間でいえば、自分で考えられなくなるから「わるいこと」になる。
よく警察に捕まった容疑者が「どこが悪いの?」という場面があるが
もちろん、法律そのものを知らないことがあるが、それはおいておこう。
人はルールを守る必要があるが、実際に具体的に何か自分に起きると、ルールを守ったほうが
自然としての自分の自由を妨げることがある。動物として生きる場合の「自然」である。

844リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
国家を作って街を作って、ルールを作って、結果として人間が動物としての生活が出来なくなっている。
そして、国民は動物として持っていた才能を使わせないので、私たちは退屈で死にそうな、物質的に豊かな生活を送っている
精神的には死んだように生きるわけだ。それはすべて国家、政治家が作った。
ルソーはそこを激怒して、そんなもんなければいいのに、と言っている。

カントは自然を「動物としての人間」のことを言っていて、国家が生活をよくしようと善行を心掛けていようと
自然としての人類の生活に合わないことはダメだとしている。

一方で戦争を擁護するようなことを書くが、これも自然状態に反しない限りのことで
中世ヨーロッパのような、戦争する理由をでっちあげるなど論外である。
煙の無い所から火を発生させるなど許されない。放火の罪に問われるw
(英英平和のために、では、常備軍はダメだという)
人間は自然状態に反しな限りで、完璧な国家をつくることがいいとカントは言う。

一方で、人間は個人的に命を守ろうとするためわがままなので、わがままがあるからこそ、人間は
もっとよくしようと勉強してまで便利な社会を作っているんだ。
わがままが人間を成長させているので、国家がその邪魔をするなということだろうか。
国家が人間を至れり尽くせりで守ってしまうと、人間の「自分で考えて自分でやってみる精神」が眠ってしまう。
だからこの自由を妨げない限りで、完璧な国家を作るべきだ。

845リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
3.歴史の起源を憶測してみたw

普通の歴史は、証拠を調べたりしているがそれでいい。
ただし、人類の歴史の「起源」は、憶測だけで言っても構わないとカントは言う。

そして、キリスト教聖典の「聖書」は歴史書ということにして聖書を題材にして歴史を考える。
ここで言っていることは、人間の愚かな行動、世界情勢ニュースで見るような政治家の愚かな行動と
各国の国民が暴動を起こすような社会問題、そして人間心理などがどれもこれもピッタリくる。
聖書でここまで考えられるとはすごいと思った。

いろんな本を読んで社会のこと、国家のこと、いくつか読んできたが
その全体像の、おおまかな形と、カントの聖書分析がそっくりなのがすごい。

この符号があるのはどういうことかというと、いつの時代も人間はそういうことを繰り返してきたということである。
この連鎖を終わらせるのが、4.で語られる。

846リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
4.万物の終わり

人生\(^o^)/オワタ

人間はなぜ、死を恐れる必要があるのだろう?
その考察から、本当のキリスト教を実行することを語る。

キリストは命令として語ったのではなく、私たちキリスト教徒の友人として親しく語ったのだ。
だから、司教などのキリスト教で地位ある人々が残虐行為を繰り返すことは、
本当のキリスト教の教義に反し、キリストの伝えたかったメッセージに反しているという。

そしてカントは本当のキリスト教を守ろうとせず、わがままで残虐行為しかできず
啓蒙されないで、精神が未成年状態にあることを「反キリスト者」とまで言ってしまった。

そこでフリードリヒ王あたりの偉い人たちが激怒した。
カントはそれからの著作活動や、講演活動をほとんどフリードリヒによって禁止されてしまったという。
そんなこともあって、フリードリヒの王位が終り、他界する。
その後でカントの著作や講演記録から、のちのフランス革命などにも影響を与えたそうだ。
(たまたま上記でルソーの名を書いたが、フランス革命で特に大きな影響があったのは、ルソー『社会契約論』だったとか)

キリストが伝えたかったのはずばり「愛」である。
愛を実行できることで、啓蒙を受け入れることができる。

多くの偉い人(政治家など)は実際の政治に携わっているのを偉そうに、平和を机上の空論と言ってやがる。
しかし、それはカントの別の著書で論じているらしい。
結局は、現在の国家の仕組みに、ただ愛情を理由にする仕組みを加えればいいのだ。
それで、たしかに手間が少し増えてしまう部分があって効率が下がるかもしれないが
そのことを問題にする冷酷非情な人間はこの地球上の政治には必要ない人間ではなかろうか

847リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
カントの言うことは、私とよく似ている。

私の考えでは、冷酷非情な人間はこの地球上に必要ない、ということ。
こういえば、政治家とかが激怒するかもしれない。
私(リーダー)の考えるのは、人から嫌われる人々は、啓蒙されればいいわけだ。
嫌われた人は、だいたいは自分は善行などできない人間だと自分を限っている。
そこから「今までやったことがないのに、人が勝手に言ってくる。そんなに言われるなら、やってやるぜ」といって悪事をやって見せたりする人も多い。
悪人には、そうやってでっちあげられた人もいるのである。

そんな悪人呼ばわりされる人は、俺はひどい奴だから、世界がひどいと言っているが、
そんな自分だけの事よりも、社会のシステムが、実は、もっともっと残虐非道なものだと知っているだろうか?
世界は以下にひどいか知っていて、あなたは人から嫌われることをして自分を悪人だと思っているのだろうか。
あなたが人からさげすまれるようなことを差せている社会のシステムを考えたことはないのではないか?

国家システムというのは、実はひどいのだ。

848リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
誰がうまい汁を吸えるかといえば、システムを作った人間だけであり、後はほとんどすべての人が、どこかで損をするようにできている。
あなたが損をした分の利益は、支配者の懐に入っているのを知っているだろうか。
そんなシステムの結果、誰に責任が来るかというと、損をした人に行くように調整してあるのだ。

定量的な要素で、税金によって金が合法的に盗まれているのはよく知っているが、定性的な要素も同じであり
ことこまかく誰が損をするか設定し、製作者が得するように仕組んである。
そうやって、どんなことでも得をしたがるわがまま人間が、今の国家システムの下地を作ったのである。

この世の中で仕事をしている会社員とか経営者、公務員は、他人から悪人呼ばわりされるまでどこまでも売り上げに走るが
その行動をさせる国家がひどいことをもっとよく考えればいい。
自分はどうせ悪人だ「どうせおいらはヤクザな兄貴」と思っていたが、国がひどいのだ。

だから、システムの方から変わらないといけない。カントはそこを論じているのだろう。

私の考えも「この世に悪人は要らないので、悪人には愛を知ってもらいます。拒否権なし」ということだ。
別に、悪人を殺すとか、投獄するなどとは言ってない。
人類の敵になったから「おしおきとして、愛を知ってもらいます」と言っているのだ。

ひどい人間はひどくない人間に変わればいいのである。

そんなことができるのかと思うが、ひどいことをしてきた人が自分のいいところを肯定し
ひどいことにはすっかり慣れたので、今度は人道的なことに慣れるように教育されればいいのである。
教育については割愛するが、悪人が善人に変わり、世界がそのことに
(これまでひどいことをしてきた人が、良いことを始めることに)すっかり慣れるまで続けることである。
なぜ、そういうことに金を使わないのだろうか?

そうやって世界を変えてもいいんじゃないだろうか。

おわり

849リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
法律と
西郷(せご)で思う
人助け

850リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
法律ややこしいわー
通したくなかったらそう言えよw

851リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
大橋洋一『社会とつながる 行政法入門』有斐閣(2017)

法律は多すぎるし、学生が学ぶために一通り解説したものなのでここでは簡単に書くだけにしよう。
ニュースで言いそうな問題は行政法でどうなのか?

とりあえず保育所の待機児童問題だけ書いておこう。
死ぬほどややこしい。行政に何のメリットもないからか、最もややこしく、何をしても後から後から「ここが問題です」と言ってくるらしい。
(法律の手続きは、法曹界にメリットがあるほど手続きが易しいようである)
奥さん、お母さん、待機児童問題を行政裁判かなんかで解決するならこれしかないようですよ。

1.とんでもなく頭がいい
2.とんでもなく性格が悪い

特に難しいのは当事者間よりも、第三者(実は法律用語だった)が急に言いだしてきたとき。
たとえば、あなたは二人が話しているのを聞いていて、途中で話したくなってしゃべったら
「あんた誰?」という顔をされて、二人の会話が止まったことがないだろうか。
もう一言あなたがフォローを入れても「え、ああ、うん」とあわてるだけで理解しようとしない。

この経験で、仲間外れを意識したことがないだろうか。あの態度だと傷つくのを二人は理解しようとしないはずである。
なぜ、人は横から見ている人が全く話しかけてこないと思い込むのだろうか。自分で考えていないからである。
法律が前提で人の態度が決まるのではない。

法律を学ぶと、すべてが決めて有って自分で考えなくてもいいように見えてくる。しかし、
こういう専門的なことを知れば知るほど、自分で考えることを怠ってはならない。
自分で考えるための態度はいくつかあるが、一つだけいえば、直感を大切にすることである。
なんでもかんでも文字と物体に頼り切らないことである。自分でよく考えつつ、人の行動をよく観察することだ。直感を大切にすると自然とそうなる。

人にとって法律は道具である。人が法律の道具なのではない。

852リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
そういえば殷の国だっけ

853リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
中国に関所がいくつもある
そのうちの一つ、名前は「しすいかん」

「水閑」と書く

文字化け対策しておくと

「さんずいに巳」と「水」で「しすい」。
どっかの川のことをいうので
たぶん川のそばにある関所

854リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
「水」は「川」の俗語だったと思う

親戚の娘っ子(小6)がうちに来て鞄からこのすば出して読み始めたので「めぐみん可愛いよね」と水を向けたら「ゆんゆんとめぐみん好き!」と目を輝かせてどこが面白いとか話し始めた
読書ってのは体験や感想を共有する相手が居ることも大切な要素だなぁと(・ω・)

宮崎哲弥が西部邁への追悼記事全部断ったけど、その代わりに13年前に書いた西部邁の著書への書評を挙げてて、まるでこの日が来ることを明確に予見して危惧していたかのような文で下手に感傷的になるよりも刺さるものがありましたなぁ(´-ω-`)
先週の火曜ニッポン放送「ザ・ボイス」冒頭で読み上げてるのでお暇でしたら今日中にradikoでどーぞーヽ(・∀・)

857リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
許仲琳編『完訳 封神演義 下』株式会社 光栄(1995)

現在、アニメ放送中。
「中」読んでから2年もたってたので、全然覚えていなかったw

「せいき」という場所は「西岐」と書く。
「きはつ」という爺さんは「姫発」。

殷と商の戦いになるのかな

「おい、ネタバレすんな」と思うかもしれないが
どうやら歴史をもとにしたファンタジー小説のようである。
最後の最後にならないと結局何がしたいのかはわからない。
読み始めて何年もたってるから、基本設定を忘れているだけだが。

「だっき」という美女は「妲己」と書く。
実はこの美女も実在した女性で、話の通り、とんでもない悪魔だったらしいがよく知らない。

それではここまで

858リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
■荒木英世 著『エクスプレス 現代ギリシア語』白水社(1986)

古典ギリシャ語とは読み方が違う。文字は同じ。
文法は結構ややこしい。

独特の文法。動詞(名詞)などの後に代名詞がつくと、
動詞(名詞)などのアクセントが二つになる点がめずらしい。

代名詞を使うとややこしいので「こういうもんだ」と思うしか無いかも。

過去に会話の本を見たのをこのスレで書いたと思うが
あれは半分以下しかなく、全体がわからなかった。
この本で、一応、基礎はざっと見たことになるのかな。

最後に面白い「ことわざ」だったか「慣用表現」があるのを書いておくか。

アメリカで「さっぱりわからない」という意味で「まるで中国語だ」という言い方がある。
アメリカ人にとって中国語はさっぱりわからない言語らしい。
日本(東洋?)で「さっぱりわからない」という意味で「まるでギリシャ語だ」というらしい。
西洋の人たちはやっぱり、西洋の言葉の方が学びやすいらしい。

859リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
もしかしてブルジョアって「働け」と言われてできたんかw

860リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
本当の民主主義とは何か?
みたいな話やと思う

861リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
カール・マルクスってユートピア思想だったんやろか

862リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
自由があって初めて民主主義ができる
というふうなことが書いてある

自由がなかったら民主主義ではない

863リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
自由(個人の自由のために、規制を緩める)と
統合(規制のために、個人の自由を潰す)

この二つは相反するが、一部だけ合わせて、ちょっと変えるのは良いらしい
「中途半端に変えると破綻するから、絶対に変えないほうがいい」とか言ってくる人は多いが
これは過剰反応だろう

一部変え、この二つを合わせようとすると、お互いが許せないという矛盾は消えると書いている

864リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
自由と気儘を同一視するのは(略)不可能である。

865リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
サンヂカリズム

労働者が暴動を起こすとかなんとか

866リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
ググると

革命的労働組合運動、また、その思想

労働者も声を社会に反映させられるので、ファンタジーアニメのギルドのこと

867リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
租税、個人農業と共同農業、子供の入学許可

これらが不当に差別されるのは行政によるものらしい

868リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
ブルジョア⇔プロレタリア

869リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
支配階級より下の階級の人間を合法的に排除する

これが民主主義らしい

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