シベリアにラノベ含む読書の話その8©2ch.net

があってもいいじゃないか。

前スレ
http://mastiff.2ch.net/test/read.cgi/siberia/1405230772/

750リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
たとえば今読んでる本ならこう思いました

「存在」とはなんだろうね?

と、ただ思ったことを書いて保守しようと思います
とりあえずそのつもりでいますので、よろしく

751リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
話題ないのに書き込むのもきついから
とりあえずそうします

読後の感想は今まで通りでも区別はつくと思うし

それでは

752リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
訂正

読後の感想は今まで通りでも
雑記との区別はつくと思うし

753リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
「存在」については、論じる以前の問題とか

754リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
おー古典ギリシャ語知ると哲学用語の意味もわかるな
当然だけど、いちいちそこまで知るのも大変だよね

755リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
カントは存在を問うことについて触れてなかったとか

756いやあ名無しってほんとにいいもんですねNGNG
「プラトニックセックス」 飯島愛
3位/705作品。日本語小説。
不良少女の自伝。口述筆記。女性心理の描写が最高にうまい。
「ノルウェイの森」よりこっち読んだ方がいいだろう。
だが、まちがっているのは、月300万円くらいのお金を一回くらいなら二十代の正社員の男なら出せるんだよ。

飯島愛は大文豪だった。

この板の住人なら当然知っているだろうが、飯島愛を殺したのは国家機密として活動していたおれである。
クリスマスイブに死ぬように殺してあげた。
「殺されるのなんて怖くない」といってたから殺した。
仙水忍のモデルに殺されたことを喜ぶがいい。

未来への因果律操作が凶器だ。けっこう贅沢な殺し方してあげてるだろう。

757リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
あら
もう来ないのかと思ってた

758いやあ名無しってほんとにいいもんですねNGNG
コミックはええのん?

759リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
記憶さんじゃないのか
たぶんいいと思う
前に書いたとき何も言われなかったし

760リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
神は実在性とか

761リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
まちがった

神は実体性だとか

762いやあ名無しってほんとにいいもんですねNGNG
神は実体

だったかな?
間違い過ぎたw

763リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
石垣聡子・金子順子 著『はじめてのアラビア語』ナツメ社(2010)

「アサラン・ワ・サハラン、北宇治高校吹奏楽部へ」で「ようこそ」

アラビア語であいさつ「アッサラーム・アライクム」と言われたらあなたは
「ワ・アライクム^ッサラーム」といえばいい。

外国語では「こんにちは」と言われたら直訳は「こんにちは」となっていない。
これは「あなたに平安が有りますように」という意味なので、言われたら「あなたもね」ということになるわけだ。
だが、どの本でも「こんにちは」と訳するので比喩っぽい表現だけで書くのはそろそろやめるべきだ。

外国語では日本人の意識が足元にも及ばないほど理屈っぽく、場合によってコロコロ言い換える。
外国語をできるだけ身に付けるコツの一つは、できるだけ理屈を知ることである。
どこがどうなってそういう言い方をするのか、よく考えれば全部書いてあるのだ。
書いていないのはなぜか日本語なのだ。
(例えば、日本語の古語に完了形があったそうだが、現在の言い方に完了形はないという。
これだけでも誤解が避けられないわけである。

また日本語で「AはBである」というと、外国語の3つくらいの文法で言い換えられてしまう。
だから日本人同士でも誤解ばかりするのである。
その証拠に、日本文一つを、6つくらいの英語に訳せるわけである。
外国語は、場合によって人間が自分で言い換えているわけであり、日本人よりも頭を使っているということだ。

現代日本語は、場合によって言葉が変わらないのだから、あなたたちが誤解するのは当然なのであり
あなたたちがふがいないからではないのだ)

764リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
単語集で発音してみたら、とても言いにくいのは当然で、
のどを閉めて「っあ」なんていうこともできてしまう。

5ちゃんで有名な「アッー!」というのは「A'a-」と書き換えてもいいわけである。
のどを閉める「あ」を二回言って伸ばすだけで完成する。

もう一つ、のどを閉めて「か」というと「qa」になる。
前に「ナイト・ミュージアム」でエジプトの王が「qa」を発音していたのを覚えている。

もう一つ面白いのが「クフ王」とは「hu-fu-」と書くしかなく、カタカナでは「フーフー」となってしまう。
最初の「フー」は外国語の発音記号「xu:」で次が英語でもある「fu:」でいい。
「xu:fu:」といって「クフ王」のことである。

765リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
のどを閉める発音があるので、慣れないとすごくのどが渇く。

ちょっと文法を言おう。
形容詞は複数形になると似ても似つかないものになり、それで覚えるしかない。
単数形と似ているようで似てないようなどっちなのかわからない感じになっている。

アラビア語は「蛇がのたくったような文字」でよく知られている。
これは実は「母音記号」を書かないようにしている。
学ぶときは母音記号がないと私たちには理解しようがないが、実際には母音記号を書かないので
蛇だけが掛かれているように見えるが、象形文字ではない。
なんで母音記号がないのか私は知らないが、面倒くさいのだろうか。

これはあまり知られていないのか知らないが、
アラビア語は右から書くので右から読む。これも慣れれば問題ない。
私はまだ慣れていない。

取り敢えずこの辺にしておくか。
最後に情勢の一部を。
イスラム教徒のテロリストは全体の1%にも満たない過激派である。
その辺のイスラム教徒、テレビに映っていて嘆いている人たちをよく見ると
なんだか優しそうな人ばかりである。
欧米人のように敵から身を守るために不機嫌な声だけでしゃべるよりも
穏やかな声でしゃべる人の方がアラブ人には多いような気がするのが私の印象である。
欧米人はただ声が低いだけで、敵だらけの世の中を生きる知恵で、あんなよく聞こえない話し方なんだとか。
日本と、アジア、一部の国を除いて、全世界がこんな低い声でしゃべってはいるが
アラブ人ははっきりと穏やかな声で話す人が多いので言っておこう。

おわり

766リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
「ひと」は現存在にとって大歓迎で、なんでも平坦化(みんな同じにしようと)し、楽をしようとする

だから、良いやり方であろうと排除し、陳腐なやり方に戻そうとする人間がいる
(本に「人間」は書いていない。このメモでつけた)

767リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
アリストテレスは感情と情念を存在論的に規定しようとしたとかなんとか
それが『弁論術』にあたるとか
この分析はアリストテレス以降まったくされていない(今読んでる本を著者が書くまでは)

768リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
循環論法は悪ではないと書いてる

test

770リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
言葉を言えば言うほど意味というか、無形のなんかがなくなっていく
黙っているほど無形のなんかが見えてくる
みたいなことが本にあった

これは老子と同じことを言っている

771リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
めっさ長くなった
ここに書かなくて正解
なんでこうなった

772リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
これだけ書いておく
本当にこれだけのつもりやったし

>>770の続きで
そういえばスティーブン・スピルバーグが言ってた
「特に難しいのは、どのシーンを削るかだ」

話を作る人は、たいてい、あれもこれもと盛り込んで
長くなって、くどくなってしまう。

773リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
暁なつめ『この素晴らしい世界に祝福を!ああ、駄女神様』Illustration三嶋くろね
角川スニーカー文庫(2013)

「そう、私こそがあの、女神アクアなのよ・・・」
「「っていう夢を見たのか」」
「違うわよ!なんで二人ともハモってるの!」
・・・まあ、こうなるわなぁ。

アクアがアホすぎる。
めぐみんが中二病。
ダクネスがM。
カズマは最弱。

アクアはダメ女神
ダメゴッデスなのでゴロが悪くて
こんなところまで役立たず。

アクアはなんか常に泣いてた気がする。
かわいく泣いているんじゃなくて、なさけない泣き顔じゃないかと

774リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
今読んでる本のメモしとこ。保守できるし

現存在の実存論性の根源的な存在論的根拠は時間性である。

うわー
ここに書いてみたら本より見づらい

今までは現存在の在りようは「気になる」に要約されるみたい
ここで「時間性」という言葉になったか

775リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
「ひと」がものごとを決めることから逃げるから
しっかり見極めるには「良心」が実存論的にあるかどうか見るとかなんとか

「ひと」とは巷談する無責任艦長タイラーのような存在のこと
(私はタイラー見たことないけどw)

776リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
「良心」があるのかどうか確かめようがないなどということは
存在論的に間違っているとか

777いやあ名無しってほんとにいいもんですねNGNG
1700冊到達記念に宣伝。

記憶喪失した男の千冊順位付け 読んだ小説1000冊の面白かったランキング
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1510647437/451

778リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
すごい冊数

779リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
菅沼 晃『サンスクリットの基礎と実践』平河出版社(1980)

けっこう見やすかった。
もう一冊読んでる途中だが、そっちは情報量が多すぎるようで、とても疲れる。
そんな本を見ていた時、この本を見つけたので、文法をざっと見るだけにとどめた。
余裕あるときだけ例文と単語くらいは見たが基本は見なかった。

前半が「基礎」で文法。後半が「実践」で実際の文を読む。
後半は見ていない。これから気になるところから見るようにするつもりだから。

外国語の学習のおおまかな流れは、しっかり基礎を学ぶときと、自分で表現を作るときでわかれる。
おそらく、これしかない。
発音、リスニングなど実際に扱うのは、全部を通してできるだけ音読したら済むようだ。

つまり、今までの学校で死んだ表現だけを読解したのは、机に向かって学べばいい。
(思うこと)講義形式は学力よりも忍耐力によって採用する方法だと思う。
採用するだけなら、忍耐力で。効果を期待したいなら、学力で講義形式を採用する。
ということは、理解力が一定をクリアしていない人には、体を動かしながらの学習をする。

実践的には講義形式は、いつまでもじっと座っていられる人向けである。

効果的には、講義形式は、理解力が一定を超えた人のための学習法である。
たとえば、小学生にマイケル・サンデルの講義などまず理解できない。
だが、学校教育は、最初から講義形式をやっている。
だから落ちこぼれを最大限作り出してしまっている。

780リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
話がそれた。サンスクリットの文法について少し。

語形変化は、はっきりいってロシア語よりも多いと言っていい。
ロシア語よりちょっと多めの変化をして、単語を正しく並べました。
文章が出来たと思ったら、なんと、どんなに易しい文章も通じないという。

正しく単語を並べて文を作ったら、今度は、その綴り並びで発音しにくい並びになるところがある。
そこが、発音しやすくするためにつながって、文字を入れ替えてしまう。
この入れ替えが「一つの単語の中」と「複数の単語のつながる部分」で起こってしまう。
これで入れ替えが住んでから、やっとインド人に通じるという。

読みにくいので、読みやすくするために連結部分が変わってしまうのを「サンディ」という。
一つの単語の中で「単語のサンディ」、複数の単語の連結部分で「文章のサンディ」というのをする。
これができて初めて、一番簡単な文章になる。

だから、ここまでするには、一文を作るだけで何十分もかかってしまう。

サンスクリット語、ロシア語などのように、あまりにも変化が多すぎると大変だ。
こういう言語はどうやって学ぶか。

781リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
ロシア語の会話教程とかいう本にあった。
「変化が多すぎる言語は、実際の文章を見てから、どうやって作るのかを見る方が早い」

日本人はクソマジメなので、きっと、文法法則をしっかり一つずつゆっくりと当てはめようとするだろう。
そんなことをまじめに続けるのではなく、意外と負担が軽いのが、実際の文を見てしまうこと。
これは決してずるいことではない。
出来るだけ、よりよく勉強が進められる方法が見つかれば「コツを発見」したことになる。

文法用語について。

他の言語で格変化を言ったが、少し多めにある。
あとは、単語の話をする。英語で「A and B」なら「AとB」だがサンスクリットは「AB ca」という。
「〜と」にあたる単語が最後に来る。
「AとBとCとD」と言いたい時は「ABCD ca」というのはちょっと面白い。

動詞は最後に来るが、日本語と似ているとは思わない方がいい(笑)

他になにかあるか本を見たら「1年には季節が6つある」なんて表現が見つかった。
紀元前5〜4世紀くらいには、一年の感覚が今と違っていたのも面白い。

782リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
サンスクリットは「インド・ヨーロッパ語族」にあてはまる。

この本には書いてないが、今まで読んだ本で文化面を考えると
ヨーロッパからインドに文化が伝わったからインドに絨毯があるとかいう話を聞き、
それからヨーロッパの文化はアジアから来たんだよなんて聞いて、
別のところでヨーロッパの文化はインドから来たとうかがえたりする。

何度か聞いたらバラバラのことを聞くわけだが、これはいろんな人が歴史の一部しか言わないからである。
みんなが自国の文化の歴史は誇りなのである。たいていの国の人々は自国の文化をよく知っている。
さっぱり知らないのは日本人が日本の文化を知らないことくらいである。
外国人は自国の文化をよく勉強している。
聞かれればこたえられるが、聞かれる意識はあまりないようだ。
そこだけは日本人と似ているのかもしれない。
返事が少々ぎこちないが、本当によく知っている。

783リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
インド・ヨーロッパ語族というだけあって、単語は似ているところが多い。
いくつか単語を見た結果、こう思うようになった。

インドからヨーロッパに伝わり、またインドへもどったと。
文化も言語もそうなんだと。
そのあとでインドに英語が伝わったのだろう。
英語を伝えたのがイングランドの東インド会社だろう。

そうなっているんじゃないか、と思えてきた。

いろいろバラバラに知って、もしかしてこうなっているんじゃないかと総合するのは面白い。
これが知的な楽しみである。
いろいろなことが理解できるというのは楽しいものである。
みなさんも、外国語に限らず、いろんなことを知るようにしてみてほしい。

それではこの辺で。おわり

784リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
>>777
今文学板にいるんだね
記念にあげてきたよ

785リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
現存在は頽落するらしい

786リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
頽落と堕落ってちがうんや

787リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
現存在と歴史性

788リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
歴史性はニーチェによると史学的に三様であるとするらしい

記念碑的、尚古的、批判的

789リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
歴史性は、歴史学という学問としてはまだよくわかっていないらしい
歴史学において「歴史性とはなんぞや?」を言った人はいなかったとか
それでニーチェのことが出てきた
ニーチェは3つのことを歴史性といったわけではなく、3つ並べただけだったらしい
詳しいことは歴史学でもやればいいんじゃないかとw やらんかw

790リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
歴史のことはまあこれで。
簡単に書くだけだから。

今日読んだところまででは、

現存在とは時間性である。
「時間性とは」「時間とは」なんやといったら「今」のことらしい

791リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
マルティン・ハイデガー『存在と時間』高田珠樹 訳 作品社(2013)

二度目。
いったい何を論じたかというと、存在そのものを問う準備をするだけであった。
なぜなら、存在そのものを問うとバカにする論者しかいないからであった。
そもそもここはどうなってるの?などと聞こうものなら精神病患者呼ばわりされる。

現代5ちゃんねるでも、議論すると言っているスレを見てみると簡単に見つかる。
多くの知識を持ち、論じると自称している人たちは、素朴な疑問をかけられると精神病患者呼ばわりする。

おそらく、わかりきっていることをあえて問う人間など、勉強を怠った統合失調症患者だとみなす。
これは世界でもよくあることで、あまりにもわかりきったことを聞かれると面倒くさすぎて、
嫌がるのを通り越して、質問した人の全人格を否定してしまうようだ。

さらに、懐疑論者というものはどうも、論理的に正当な疑いを持っているわけではなさそうである。
素朴な質問をした人間を重度の統合失調症とか、IQが70くらいしかないなどと人格否定、精神攻撃するのは
そもそもその疑問に答えられないくらい無知ってことになるんじゃないだろうか。

そういう人のことをカントは、懐疑論的独断論者といった。
5ちゃんやリアルでもその辺で、超常現象を頭から否定して人格否定に発展させるようなことをする人がいる。
人間というものは「信じられない」というだけの理由で相手の全人格と存在そのものを否定するようになる傾向にあるが
こういうのが懐疑論的独断論者にあたるようだ。

信じられないだけの理由で超常現象否定が、人間の存在否定に発展し
「生まれてこなければよかったのに」とまで言っている「まともな頭の人間」が多すぎるので言っておきたい。

792リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
最初から違う話なので戻そう。

存在とは何なのか、という問いがまだできていなくて
問う気も起きないほど、何の準備もなされていないのがハイデガーがいた頃の状況だった。
さっき書いたのは、この現状は2017年になっても変わっていないと思うからだ。
「信じられない」だけの理由で神や幽霊、超常現象の否定を、なぜか相手の性格の悪さにすり替えられているからだ。
人は「なんだかわからないもの」を無意識に恐れて攻撃するようになる心理があるが
これはただの超常現象についての無知にすぎないことはわかっている。

それはともかく、目に見えないことを根本を問うとキチガイよばわりされるんだが、そこを問うのが本書である。
ハイデガーがあまり相手にされていない気がするが、こういう(なんの正当性もない、感情的な)事情があるのだろうか。

793リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
すべての存在は「現存在」といって「そこにある存在」と思っていい。
なんであろうとそこにあれば現存在という。
現存在は「気づかい」をして「自分がなんなのか、自分はどう周りとかかわりあうのかが気になる」という。
「気になる」のが現存在。現存在がそうあるのは「時間性」によるということだった。

時間は物事が動いたら、覚えていることと、見ていることが違うので時間がたったんじゃないかと、普通は思う。
だがそうじゃなく、気にする存在が投げかけて、投射されたら時熟しているんだという。
ようするに、暫く認識をむけていたら、頭でしか記憶してなかったのが、心にまで達して
理解が納得に深まり、よりしっかりとわかるようになるようなもの。

そういうことをするのは「気にしている」からで、気にしている現存在とは「ひと」という。
「人」ではないのは、愚か者で臆病者でせこくて卑しい根性の腐った存在なので「ひと」としている。
今さえ楽しければいいとか、テレビCMで欲望をかきたてて購買意欲を暴走させることだけやって
全国民を、今さえ楽しければいいように育て上げている、この刹那的な態度のことを「ひと」という。

「ひと」という性質を持つのが「現存在」である。
それが「時間性」を持った方が正当であるとし、「本来的に歴史的」なほうがいいとする。

細かいことは書いてられないから大体そんな感じかもしれないし、おおざっぱすぎて
まだ足りないことがあると思うが、まあそんな感じの話をしていると思ってほしい。

すべて、「存在とは何なのか、どう考えるべきか」の下地を作る、準備をするための、
前置きで、人々にそういう気になるように促すために『存在と時間』を書いたようだ。

794リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
さっきも言ったように、世の中は存在そのものを問うことが無い。
問えばキチガイ呼ばわりして、精神病院に入れたいと願ってきた。
そこから、神を信じていないという「まともな人間」を自称している人間が、神を信じている人間をキチガイ呼ばわりしていることがわかる。
神を信じていないことのどこが偉いのか知らないが、神を信じる人間は精神病院に放り込んでも警察は逮捕しないと信じている。
これは一神教的な態度であることを棚に上げて。

これが言いたかったんだが、実はほとんどの論理的思考を実践する人はこういう人である。
(5ちゃんで論じている気になっている一般人も、論理的思考をする人に入れる)
世界中の論理的思考というものは、実はあることだけを論じないように逃げ回りながら論じていたのであった。

論理的思考を聞いて、何かが足りないと思う人は多いと思う。
そういう人は素朴な疑問を抱き、自称論者に聞いてみると、キチガイ呼ばわりされて戸惑う経験をした人もいると思う。
なぜなら、神を信じて肯定することが、どうやら存在に直結する議論になるらしい。
そこをカントは否定しきらない言い方をし、ハイデガーはカントの内容に付け加えた。

キチガイ呼ばわりしている人たちがこの話題を避ける理由は「存在そのもの」を問うことを避けているからだ。
アリストテレスのような思想を持つ論者以外の論者が、なんと、「存在そのもの」を問えばキチガイ呼ばわりする傾向にあるらしい。
これは言い換えれば、論理的思考というものは、言葉で表現できることに限度があることを示す。
その限度を棚に上げて、神を信じないのを「まともである」とする人は、神を信じる人を「キチガイ」としてこき下ろす。
論じるのではなく、こき下ろしている。神を信じない人が、神を信じる人にそうすることが正しいと信じている。

そこに疑問を持てば、神を信じない人からキチガイ呼ばわりされるんだが、ハイデガーのように問わずにいられない人もいた。
存在をあえて問う人は、アリストテレスが最初だったらしい。

795リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
神を信じない「まともな頭の人」が、神を信じる「統合失調症のキチガイ」をこき下ろすので
『存在と時間』では、いきなり話が飛ぶ。
ヘーゲルの話が出てきて、いきなり人はこうあるべき、という話になる。

「ひと」という臆病者の態度から果敢にたちむかい、あえて責任を取ろうとして、
ようするに、ビビッて何もしないようにするんじゃなくて、毅然とした態度をとれという。
なぜか、日本人は責任問題を過剰にビビる傾向にある。

796リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
ハイデガーがいきなりヘーゲルの話をして、自分を生きるよう促したのには、
ハイデガーのリアルがあったためであった。
ハイデガーも仕事獲得のために仕方なく急いで『存在と時間』を書いたのであった。

いろいろ言ったが、存在そのものを問う準備をするのが『存在と時間』の目的であった。
世界は存在そのものを問う人をキチガイ呼ばわりしてきて、それは、
現状の論理学とは、一部を避けて論じていたからであった。
現代、議論をいくら重ねても、何一つとして満足しない結論に至るのは、一部を避けているからである。
古代ギリシャではそこも論じていたのだが、いつしか論じなくなってしまったのだ。
そこに、現代の論理学の欠点があるのである。
法律では、あまりにも形式ばって、テンプレに過ぎないやり方で弁護士が証明して、本当にこれでいいのか心配になる。
何かが足りないのに、他人の運命を勝手に論じるわけだ。
そんなもんで有罪を決められるほうの身にならないのだ、こいつら法曹界は。
そんな欠陥があるとも知らないまま、どうすれば政党評価できるかなどと考えているのである。滑稽だ。

この本を読んで大事なことは、論理学の避けているところを認めることだろう。
そうすれば、神を信じている人間をキチガイ呼ばわりしている間違いの論拠が見つかるだろう。
もしかしたら、ここから、超常現象を頭から否定しない、という姿勢が生まれるかもしれない。
希望に過ぎないが、やがては「気の世界」を「非科学的であろうと」認めて
科学と、非科学がすっきりまとまった社会になってくれればいいと思う。

そうすれば、目に見えないから信じないので、目に見えないことを肯定するやつはキチガイといわなくなり
議論と言って他人を攻撃するような態度も、いくらかは収まる、といいんだが。

おわり

797リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
今変換ミスに気付いた
>>796

政党評価→正当評価

798リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
志村史夫『自然現象はなぜ数式で記述できるのか』PHPサイエンスワールド新書(2010)

「人間には全く関係ない純粋な自然現象が、100%人間が創った数式で完璧に記述される、
ということの不思議さに驚かざるを得ないのです。」
一つの自然現象が、一つの数式に収まるなんてすごいよね、という本である。

数式アレルギーの人も、何も知らないと思って素直になって読んでみるといい。
数式と言っても非常に短く収まるのはオドロキである。

アインシュタインの相対性理論も短い数式に収まると言っている。
それを説明するために、世の中には無駄にややこしい数式があって、
みんながそれを見ただけでエネルギーがいやアレルギーが出たのだ。
しかし、この本を読めばようするに何が重要なのかを言ってくれる。
言葉が易しいので素人でもわかりやすく言ってくれる。

中村貴志・訳・編『ハイデッガーの建築論―建てる・住まう・考える』
中央公論美術出版(平成20年)

ちょっと違う試みをしてみた。
ハイデガーのところだけ読みたかったので、最初の50ページ以内だけで終わりにする。
あとは200ページ以上が訳者が書いた本になるのでかえって煩わされそうだから。

もう一つ。何度かこの本をパラパラめくってみた。
するとデータが多いようで非常に見づらい。
本文だけではなく、注釈、データーの説明など、本文以外の部分が非常に多い。
どうやら専門家がしっかり検討するために用意してあるようで、そこまで見る必要が無いと思う。

それに、データも見ると、小説のように一通り通して読めそうにない。
じっくり考える時間的余裕が無いので、私はできるだけ読みとおすだけにしたい。
今までそうしてきたので、データの羅列はざっと読むのが難しい気がする。

じっくり考えるタイプの文章は、返り読みしなければならない。
普通の人がざっと読みたいだけなら、読書法は「返り読みをしないこと」である。

普通の人は、本を読めない理由がいくつかあり、一言一句の読解と記憶をしようとして返り読みするからだ。
返り読みばかりして、いつまでたっても進まないので飽きてしまうのだ。
たいていの本は、とにかく早めに全部目を通してしまうほうがいい。

なぜか読書法の話になったので、つづく

800リーダー ◆de85kRb5gY NGNG
あれ、名前違うと思ったら、sageとリーダーの名前リスト
二つの位置がちょうど重なっていたようだ。

つづき
ハイデガーは「建てる・住まう・考える」というタイトルの文章を書いたようだ。
ハイデガーだけ読みたいので、この文章だけ読む。50ページもない。今日中に終わった。

まず、「建てる・住まう」で「存在と時間」を読んでいる気分になった。
「存在と時間」を読んでおいたため「おお、存在と時間ででてきた」ってわかった。
たとえば人間のことを「死ぬべき者」といった。
べつに死んでほしい者のことではない。
人間は生まれてくる能力があると同時に死んでいく能力があるということらしい。
詳しくは、もちろん「存在と時間」にある。
住まうとはどういうことか、建てることから始まるだろう、と始まる。
住まうとは「バウエン」という単語であり、住むとはどういうことかを書く。
次に、建てるとは、守ることであるとする。「四者の会域」というものを守るために建てる。
そうやって建てたものを「建物」とよぼうと。

なぜ建てるか。自由と救うためであるという。
自由とは相手に触れないだけではない。相手のやっていることにゆだねることをいう。
救うとは危険を遠ざけることだけではない。相手のやっていることにゆだねることをいう。
つまり、自由と救うことはそっくりなのである。

住むことはどういうことか。人類が文明を作ったりする前から住居の危機はあったという。
そのことを考えるためにも住むところが必要である。
もっとよく考えよう。人が住むには常に危機が付きまとい、考える場所が無いのだ。
シュバルツヴァルトの農夫のような生活のような住まいが無い。
工場などが立ち並び、落ち着けない人類にあるのは「故郷の喪失」であるという。
その危機は立ち去らせることはできる。人が「建てる・住まう」ことを考える時。

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